色彩編 / 1章 色の知覚
色の知覚
色は物の性質ではなく、光の波長を目と脳がつくり出した感覚。その三属性(色相・明度・彩度)と、画面の加法混色(RGB)/印刷の減法混色(CMYK)を歴史からたどり、なぜ画面と印刷で色が違って見えるのかまで理解する。
ねらい
「赤いリンゴ」と言うとき、私たちは「リンゴは赤い」と思っている。でも、これは正確ではない。リンゴ自体に「赤」という性質がしみ込んでいるわけではない。色は、光と目と脳の三つがかりで作る“感覚”だ。
このクエストのねらいは二つ。一つ、色がどこから生まれるのかを知ること。二つ、色を扱うときに必ず出てくる二つの仕組み――画面の色(RGB)と印刷の色(CMYK)――が、なぜ別物で、なぜ食い違うのかを、理由ごと身につけることだ。これが分かると、「画面ではきれいだったのに、印刷したらくすんだ」という制作の事故を、感覚ではなく理屈で説明できるようになる。
色は「物の性質」ではない —— 光の波長を目が拾っている
まず、いちばん土台の話から。私たちが「光」と呼んでいる、太陽や電球から来るもの。あれは、まっすぐ進む見えない波だ。そして波には波長(波の山から次の山までの長さ)がある。この波長の違いが、色の正体だ。波長が長い光を目が拾うと「赤っぽい」感覚になり、短い光を拾うと「青っぽい」感覚になる。
これを最初に実験で示したのが、アイザック・ニュートンだ。1666年ごろ、彼は暗い部屋で、細いすき間から入る太陽光をプリズム(三角形のガラス)に通した。すると、白く見えていた光が、虹の七色に分かれて壁に映った。つまり――白い光は、はじめから多くの波長が混ざったものだった。 プリズムはそれを波長ごとに分けただけだ。注意してほしいのは、ニュートンが示したのは「いろんな波長が混ざっていた」ことであって、「色という感覚が光の中に入っていた」ことではない。波長が「色」という感覚に変わるのは、このあと見るとおり、最後は目と脳の仕事だ。ニュートンはこの実験を『光学(Opticks)』(1704) でまとめた。
ここで大事な追加が一つ。波長を「色」に変えているのは、最後は脳だ。目の奥には、光を感じる細胞があり、特に色を見分ける細胞(錐体/すいたい)は、長い波長・中くらいの波長・短い波長の三種類に反応する。そして、長い波長は“赤っぽい”、中くらいは“緑っぽい”、短い波長は“青っぽい”感覚につながる。 脳は、この三種類がどれくらい反応したかの「組み合わせ」を読んで、色を決める。だから――同じ物でも、光が変われば波長が変わり、色も変わる。夕方のリンゴが昼と違って見えるのは、これが理由だ。色は物に固定された性質ではなく、そのつど計算される感覚なのだ。
色の三属性 —— 色相・明度・彩度の三本の物差し
色を「なんとなく」ではなく正確に言うには、物差しがいる。その物差しが三属性だ。どんな色も、この三つの数字で言い表せる。バラバラに見える色を、三本の軸で整理する道具だと思えばいい。これを体系立てたのが、アメリカの画家・教師アルバート・マンセルで、著書『A Color Notation』(1905) にまとめた。今の色の表し方の土台になっている。
三本の物差しはこうだ。
- 色相(しきそう/いろあい) … 赤・黄・緑・青…という「色味の種類」。波長の違いそのもの。
- 明度(めいど/あかるさ) … その色の明るい・暗い。白に近いほど高く、黒に近いほど低い。
- 彩度(さいど/あざやかさ) … 色味の強い・弱い。鮮やかなほど高く、灰色に近づくほど低い。
なぜ三つに分けると良いのか。一つの軸だけ動かせるからだ。「もう少し落ち着かせたい」なら彩度だけ下げる。「暗すぎる」なら明度だけ上げる。色味(色相)はそのままに。三属性を知らないと「なんか違う」としか言えないが、知っていれば「彩度が高すぎる」と原因を一語で名指しできる。これは前章の「恣意性を殺す」の、色における実装だ。
加法混色(RGB)—— 光を“足して”白に近づく
ここから、色を扱う二つの仕組みに入る。一つ目が加法混色(かほうこんしょく)。光そのものを混ぜる方式で、スマホ・PC・テレビの画面はすべてこれだ。
仕組みはこう。画面は、ごく小さな赤(R)・緑(G)・青(B)の三つの光の点でできている。これを目が混ぜて一つの色に感じる。ポイントは、光は足し算だということ。何も光っていない状態は真っ暗=黒。そこに赤と緑と青の光をぜんぶ足して最大にすると、白になる。光を足すほど明るくなるから「加法(足す)」と呼ぶ。この三色を光の三原色という。Webで色を #FF0000(赤)のように書くのも、このR・G・Bの強さを数字で指定しているだけだ。
なぜ赤・緑・青なのか。さっきの図3を思い出してほしい。人の目には、長い波長・中くらい・短い波長に反応する三種類の細胞があり、それぞれ「赤・緑・青っぽい」感覚につながっていた。赤・緑・青の光は、ちょうどこの三種類をそれぞれ刺激する。だから、この三色の光の強さを変えるだけで、目をだまして「あらゆる色」を作れる。画面が三原色でできているのは、人間の目の作りに合わせた結果なのだ。この「目は三種類で色を見る」という考え(三色説)は、トマス・ヤング(1802) が唱え、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツが発展させた(ヤング=ヘルムホルツの三色説)。
減法混色(CMYK)—— インクで光を“引いて”黒に近づく
二つ目が減法混色(げんぽうこんしょく)。インクや絵の具を混ぜる方式で、印刷物・紙・絵はすべてこれだ。そして、ここが加法混色と正反対になる。これが「画面と印刷で色が違う」の核心だ。
まず大前提。紙そのものは光らない。私たちが印刷物を見られるのは、部屋の光が紙に当たって、はね返ってくるからだ。ここでインクの役目は何か。インクは、当たった光のうちある波長を吸い込んで、捨てる。残った(はね返ってきた)波長だけが目に届いて、色に見える。たとえば赤いインクは「赤以外の波長を吸い込み、赤だけ返す」。つまりインクは、白い光から色を引き算しているのだ。だから「減法(引く)」と呼ぶ。
引き算だから、出発点も逆になる。加法混色は「黒(光ゼロ)」から始めて足すほど白に近づいた。減法混色は「白い紙」から始めて、インクを重ねるほど暗くなっていく。光をどんどん吸い取るからだ。印刷の三原色はシアン(C=青緑)・マゼンタ(M=赤紫)・イエロー(Y=黄)。この三色には、それぞれ吸う相手がいる。シアンは赤を、マゼンタは緑を、イエローは青を吸う。 だから三つ重ねると、赤・緑・青を全部吸い取り、返る光がゼロ=理屈では黒になる。図5(足すと白)の、ちょうど裏返しだ。ところが実際のインクでは、純粋に吸いきれず、濁った焦げ茶にしかならない。そこで、はっきりした黒を出すために黒(K)のインクを別に足す。これがCMYKだ(KはKey plate=黒の版に由来)。
なぜ画面と印刷で色が違って見えるのか
ここがこのクエストの肝だ。同じ「赤」を指定しても、画面と印刷で違って見える。これは誰かのミスではなく、仕組みがそもそも逆向きだから起きる、避けられない現象だ。
理由は二つある。一つ目は、いま見た足し算と引き算の違い。画面は光を自分で出して「足す」。印刷は外の光を「引く」。出発点(黒スタートか白スタートか)も、混ぜる三原色(RGBかCMYKか)も逆だ。だから、ある色を画面で作る道筋と、インクで作る道筋は、まったく別物になる。
二つ目は、作れる色の範囲(色域/しきいき)が違うこと。色域とは「その方式で表現できる色の全部」のこと。光を直接出すRGBのほうが、インクで光を引くCMYKより広い。特に、鮮やかな緑や青、明るいオレンジは、画面では出せても、インクでは再現しきれない。だから――画面の鮮やかな色を印刷に回すと、CMYKで出せる範囲まで自動的に引き戻され、くすんで見える。これが「画面ではきれいだったのに」の正体だ。
だから制作では、こう備える。最後に紙に出すなら、最初からCMYKを意識して色を選ぶ。 画面だけで完結するWebやアプリならRGBでよい。両方に出すなら、画面の鮮やかさに頼りすぎないことだ。入稿(印刷所にデータを渡すこと)の段でRGBのまま渡すと、自動でCMYKに引き戻されてくすむ。理屈を知っていれば、「印刷したらくすんだ」を事故ではなく予測できる現象として、先回りできる。
まとめ —— 一本の線でつながっている
最後に、ここまでを一本の線でつなぐ。出発点は「色は物の性質ではなく、光の波長を目と脳が読んだ感覚」だった。その感覚を整理する物差しが三属性(色相・明度・彩度)。そして、その色を作る方法が二つあり、光を足すRGB(画面)と、光を引くCMYK(印刷)は正反対だから、食い違って当然――こうつながる。
譜例
棚(design-gallery)で、実際のサイトや作品の配色を見て、本文の三属性(色相・明度・彩度)でその色を言い表せるか試してみよう。
見るときは、強調に使われている一色について「色相は何色か」「明度は高いか低いか」「彩度は鮮やかか抑えめか」を、三つの言葉で言ってみるとよい。
練習・チェック
- 身のまわりの「色」を一つ選び、三属性で言い表してみよう。例:「このノートは、色相は青、明度は低め、彩度は抑えめ」。三つの言葉で言えれば、もう「なんとなく」ではない。
- 画面が黒からスタートして白へ向かい、印刷が白からスタートして黒へ向かう理由を、一文で言えるか。(ヒント:足すのか、引くのか)
- 友達が「画面ではきれいな緑だったのに、印刷したらくすんだ」と困っている。何が起きたのかを、「色域」という言葉を使って説明してみよう。
用語 GLOSSARY
- 波長はちょう
- 光という波の、山から次の山までの長さ。この長さの違いが色味(赤っぽい・青っぽい)の正体。
- プリズムprism
- 三角形のガラス。通した光を波長ごとに分け、白い光を虹の色に分けて見せる道具。
- 錐体すいたい
- 目の奥にある、色を見分ける細胞。長い・中くらい・短い波長に反応する三種類があり、脳がその組み合わせで色を決める。
- 色相しきそう
- 赤・黄・緑・青…という「色味の種類」。三属性の一つで、波長の違いそのもの。
- 明度めいど
- 色の明るい・暗いの度合い。白に近いほど高く、黒に近いほど低い。三属性の一つ。
- 彩度さいど
- 色味の鮮やかさの度合い。鮮やかなほど高く、灰色に近づくほど低い。三属性の一つ。
- 三属性さんぞくせい
- どんな色も言い表せる三本の物差し=色相・明度・彩度。マンセルが体系化した。
- 加法混色かほうこんしょく
- 光そのものを混ぜる方式。足すほど明るくなり、赤緑青を全部足すと白。画面(RGB)がこれ。
- 減法混色げんぽうこんしょく
- インクや絵の具で光の一部を吸い取る方式。重ねるほど暗くなる。印刷(CMYK)がこれ。
- RGBアールジービー
- 光の三原色=赤(R)・緑(G)・青(B)。画面はこの三色の光を混ぜて色を作る。
- CMYKシーエムワイケー
- 印刷の四色=シアン(C)・マゼンタ(M)・イエロー(Y)+黒(K)。インクで光を引いて色を作る。KはKey plate(黒の版)に由来する(印刷で細部を担い、見当合わせの基準になる版)。
- 光の三原色ひかりのさんげんしょく
- 赤・緑・青。人の目の三種類の細胞をそれぞれ刺激するので、この三色でほぼあらゆる色を作れる。
- 印刷の三原色いんさつのさんげんしょく
- シアン・マゼンタ・イエローの三色。インクでこの三色を混ぜて多くの色を作る。光の三原色(赤緑青)と対になる。
- 色域しきいき
- その方式で表現できる色の全範囲。RGB(画面)はCMYK(印刷)より広いため、画面の鮮やかな色は印刷で出しきれない。
- 三色説さんしょくせつ
- 目は三種類の受容体で色を捉えるという理論。ヤングが唱えヘルムホルツが発展させた。
- 入稿にゅうこう
- 印刷所にデザインのデータを渡すこと。ここで色の方式(RGBかCMYKか)を間違えると、刷り上がりがくすむ。
掟 RULES TO CITE
- 色を直すときは「色相・明度・彩度」のどれを変えるのか、一語で名指ししてから手を動かす。「なんか違う」で済ませない(典拠2)
- 落ち着かせたいときは彩度を下げる、暗すぎ・明るすぎは明度で直す、色味そのものは色相で変える――三属性を別々に動かして調整する(典拠2)
- 紙に出すなら最初からCMYK(印刷の色)で色を選ぶ。画面の鮮やかな緑・青・明るいオレンジはCMYKの色域の外で、必ずくすむ(典拠4)
- 画面だけで完結するWeb・アプリはRGBでよい。両方に出すなら、画面の鮮やかさに頼った配色にしない(典拠4)
- 「画面ではきれいだったのに印刷でくすんだ」は事故ではなく仕組み上当然の現象。色域(出せる色の範囲)がRGB>CMYKだと知り、先回りする(典拠4)
典拠 SOURCES
- Isaac Newton『Opticks』(1704)/プリズム実験は1666年ごろ ― 白色光が複数の波長の光の混合であることを実証
- Albert H. Munsell『A Color Notation』(1905) ― 色を色相(Hue)・明度(Value)・彩度(Chroma)の三属性で体系化した表色系
- Thomas Young (1802) が提唱し Hermann von Helmholtz が発展させた「三色説(ヤング=ヘルムホルツ説)」 ― 目が三種類の受容体で色を捉えるという理論(先駆として George Palmer (1777) の三種粒子説があるとされる)
- 加法混色は James Clerk Maxwell (1861) が三色分解による世界初のカラー写真で実証。減法混色(CMYKの色分解印刷)は19世紀末〜20世紀の製版技術で確立したとされる。KはKey plate(黒の版)に由来