タイポグラフィ編 / 3章 組版の基本
組版の基本
読みやすさは、文字そのものより「文字と文字のすき間」で決まる。字間(カーニング・トラッキング)・行間(行送り)・行長(一行の長さ)の3つを整えると、同じ文章が驚くほど読みやすくなる。なぜ行は長すぎても短すぎても疲れるのか、約物(句読点や括弧)の扱いまで、理由ごと身につける。
ねらい
同じ文章なのに、ある紙面はスッと読めて、ある紙面は読む気が失せる。文字(書体)は同じでも、だ。違いはどこにあるのか。
答えは、**文字そのものではなく「文字と文字のすき間」にある。字と字のあいだ、行と行のあいだ、一行の長さ。この3つの「すき間の設計」を組版(くみはん)**と呼ぶ。
このクエストのねらいは、読みやすさを決める3要素——字間・行間・行長——を、なぜそうするのかという理由ごと身につけること。そして最後に、句読点や括弧(約物=やくもの)の扱いまで押さえる。書体を選んだあと、実際に「読める紙面」にするのはこの組版の仕事だ。
なぜ「すき間」が主役なのか ―― 活字の時代から
組版の言葉は、ほとんどが昔の手仕事から来ている。理由を知るには、その時代に戻るのが早い。
15世紀、グーテンベルクが活版印刷を始めて以来、本は金属の活字を一文字ずつ並べて刷っていた。「あ」の形をした鉛の塊、「い」の形をした鉛の塊。これを職人(植字工)が手で箱に並べていく。
ここで問題になるのがすき間だ。文字どうしをぴったりくっつけると読めない。だから職人は、活字と活字のあいだに薄い金属片を挟んで、字間を作った。行と行のあいだにも、鉛の薄片を挟んで行間を作った。鉛は英語で lead、読みは「レッド」(同じ綴りでも「導く」の lead=リードとは読みが違う)。この鉛=lead を行のあいだに足していく作業から、行間そのものを **leading(レディング)**と呼ぶようになった。lead に -ing がついた言葉だ。言葉が、当時の物理作業をそのまま化石にしている。
つまり組版とは、最初から**「すき間をどう設計するか」という技術**だった。文字を作るのは書体デザイナーの仕事。その文字を読めるように並べる——すき間を配るのが、組版の仕事だ。ここを押さえると、これから出てくる3要素が「バラバラな小ワザ」ではなく「同じ一つの仕事」に見えてくる。
字間 ―― カーニングとトラッキングは別物
まず字間。ここでつまずきやすいのが、カーニングとトラッキングの区別だ。名前が似ているが、やることが違う。
- トラッキング … 文章ぜんたいの字間を、まとめて一律に広げる/詰める調整。スライダーを動かすイメージ。全文字に同じだけ効く。
- カーニング … 特定の2文字だけのすき間を、その形に合わせて個別に直す調整。たとえば「A」と「V」は斜めの線どうしで、間に三角の空きができる。ここだけ詰める。
ここで大事な掟が出てくる。本文では、字間を足さない。 つまりトラッキングは0(書体が持っているそのまま)が基本だ。
理由はこうだ。私たちは文章を一字ずつ読んでいない。**単語の塊(かたまり)をパッと形で見て読んでいる。本文の字間を一律に広げると、この塊がほどけてバラバラの文字に見え、かえって読みにくくなる。せっかく書体デザイナーが最適なすき間を仕込んでくれているのに、それを台無しにしてしまう。古典『Finer Points』を書いたダウディングも、字間・語間は広げるより詰める方向(きっちり組む)**を良しとしていて、本文をむやみに開けないのは昔からの常識だ。
では字間を開けていいのはどこか。大きな見出しと、小さすぎる注釈(つぶれて読みにくいので少しだけ開ける)。この2か所くらいだ。とくに大文字だけで組んだロゴや見出しは、少し開けると整う。理由はこうだ——大文字は高さのそろった四角い形ばかりで、小文字のような出っぱり・引っ込み(凹凸)がない。だからすき間が一様に詰まって見え、ほんの少し開けると息がつく。カーニングも同じで、見出しサイズでだけ気にすればいい。本文サイズの「AV」のすき間を手で直しても、誰も気づかないし、時間の無駄だ。
行間(行送り)―― くっつきすぎず、離れすぎず
次は行間。専門的には**行送り(ぎょうおくり)**とも言う。ある行の足元から次の行の足元までの距離のことだ(英語ではレディング)。
行間が読みやすさに効くのは、目の「折り返し」に関わるからだ。一行を読み終えると、目は次の行の先頭へジャンプして戻る。このとき行がくっつきすぎていると、目が間違えて同じ行をもう一度読んだり、一行飛ばしたりする。逆に開きすぎると、行と行のつながりが切れて、一行ずつがバラバラの帯に見えてしまう。
目安はシンプルだ。行間(行送り)は文字サイズの1.4〜1.6倍。たとえば文字が16ピクセル(px=画面上の長さの単位)なら、行の高さは24ピクセルくらい(=1.5倍)。Webの見た目を指定するCSSという言語を触る人なら、line-height: 1.5 がこれにあたる。
もう一つ、行間は行長とセットで決める。次の節で出てくるが、一行が長いほど、目は遠くまでジャンプして戻る。遠くへ戻るほど迷いやすいので、行が長いときは行間を広めに取って、戻る先を見つけやすくする。短い行なら、行間は詰め気味でいい。
行長 ―― 長すぎても短すぎても疲れる理由
3つ目が行長、一行の長さだ。これが読みやすさを一番大きく左右する。そして「長すぎても短すぎてもダメ」という、両側に崖がある要素だ。なぜか。
長すぎると:一行を読み終えて次の行頭へ戻るとき、目は画面の右端からはるか左端まで、長い距離をジャンプする。距離が長いほど、「あれ、次はどの行だっけ」と戻る先を見失う。新聞が何段にも分かれているのは、まさにこれを防ぐためだ。
短すぎると:今度は一行がすぐ終わるので、目が何度も何度も折り返すことになる。折り返しは目にとって小さな労働だ。回数が増えれば、それだけ疲れるし、文の流れもブツ切りになる。
ではどのくらいが「ちょうどいい」のか。ここに有名な数字がある。タイポグラフィの標準教科書、ブリングハーストの本はこう言う——英文の本文は一行45〜75字、理想は66字(セリフ体・1段組の本文について、文字とスペースを数えた値だ)。
では日本語は何字か。ブリングハーストの本は欧文の本なので、この66字をそのまま和文の典拠にはできない。ただ、日本語は1字が正方形で密度が高いぶん、英文66字を字の幅で言い換えると、だいたい全角35〜40字あたりになる。これは和文組版で昔から使われている目安だと思っておけばいい。出どころが違うので、「英文66字=ブリングハースト/和文40字=和文組版の慣行」と頭の中で分けておこう。
文字数で測るのがコツだ。「画面いっぱいに広げる」のではなく、「一行に何字入るか」で決める。だから本文の幅は無制限に広げず、長くなりすぎたら幅に上限をかける。Webで本文が画面の端から端まで伸びていると読みにくいのは、行長が崖を越えているからだ。
約物(やくもの)―― 文字でない記号たち
最後に、文字ではない記号たち——約物(やくもの)を扱う。句読点(。、)、括弧(()「」)、中点(・)、ダッシュ(―)などのことだ。これらは文字と違う特殊な事情があり、放っておくと紙面が間延びする。
なぜか。約物の多くは、字の中に空白を抱えている。たとえば読点「、」や閉じ括弧「)」は、四角いマスの中で片側が大きく空いている。これがふつうの全角文字と同じ幅で並ぶと、その空白のぶん、そこだけぽっかり穴が開いて見える。だから良い組版では、約物の前後の余分なアキを詰める(これを「約物アキを詰める」と言う)。
もう一つ、約物には置いてはいけない場所がある。これを**禁則(きんそく)**と呼ぶ。代表的なのはこの2つだ。
- 行頭に「。」「、」「)」「」」を置かない ―― 句読点や閉じ括弧が行の先頭にぽつんと来ると、見た目が悪く、文の切れ目も分かりにくい。
- 行末に「(」「「」を置かない ―― 開き括弧が行の最後に来て、中身が次の行に飛ぶと、つながりが切れる。
これを守るために、文字を前の行に押し込んだり次の行へ送ったりする自動調整が禁則処理だ。日本語ではこのルールが **JIS X 4051『日本語文書の組版方法』**として規格になっている(JIS=国が決めた規格。1993年に『日本語文書の行組版方法』として制定され、2004年の改正で今の名前になった)。気分で決めるのではなく、国の規格まである——まさに「恣意性を殺す」典拠主義の世界だ。
直し方 ―― 効く順に疑う
3要素と約物がそろった。最後に、実際に「読みにくい」と感じたとき、何から直すかの順番をまとめる。やみくもに字間をいじるのは最後だ。効き目の大きい順に疑う。
- まず行長を疑う ―― 一行が長すぎないか。和文40字・英文75字を超えていたら、幅に上限をかけて縮める。これが一番効く。
- 次に行間を疑う ―― 行がくっついていないか。文字サイズの1.5倍前後まで広げる。行が長いなら少し広めに。
- 最後に字間 ―― 本文ならトラッキングは0に戻す(足していたら消す)。見出しだけ、必要ならほんの少し整える。
この順番には理由がある。読みやすさへの効き目は、行長 > 行間 > 字間の順に大きい。なのに初心者ほど、目につきやすい字間から触りたがる。効果の小さいところを先にいじっても、紙面はよくならない。効く順に疑う——これが組版の鉄則だ。
まとめ ―― すき間を配る仕事
組版は、文字を作る仕事ではなく、すき間を配る仕事だった。字と字、行と行、一行の長さ。この3つのすき間を、気分ではなく目安の数字で配る。約物は空白を抱えた特殊な記号として、間延びを詰め、置き場所のルール(禁則)を守る。
これらはバラバラのテクニックではない。すべて**「目が楽に読めるか」**という一つの問いから出ている。目は単語の塊を見て、行を折り返し、次の行頭を探す——その動きを邪魔しないようにすき間を整える。それが組版だ。掟を丸暗記するより、この「目の動きを助ける」という一点を覚えておけば、数字は自然に思い出せる。
譜例
棚(design-gallery)で実例を見て、本文の3要素がどう設定されているか確かめよう。
見るときは、本文を選んで「一行に何字入っているか」を数えてみるとよい。読みやすいと感じたサイトは、たいてい和文35〜40字・英文66字前後に収まっているはずだ。
練習・チェック
- 読みやすいと感じるWebサイトと、読みにくいと感じるサイトを1つずつ選ぶ。それぞれ本文の一行の字数を数えてみよう。読みやすい方が35〜40字(英文なら66字前後)に近いはずだ。
- 行長が「長すぎる」と「短すぎる」で、目が疲れる理由はそれぞれ違う。一文ずつで言えるだろうか。(ヒント:長い=戻る先を見失う/短い=折り返しが多すぎる)
- 友達のスライドやチラシが「なんか読みにくい」とき、図8の順番で直してみよう。まず一行を短く、次に行間を広く。字間をいじるのは最後だ。
用語 GLOSSARY
- 組版くみはん
- 文字を読みやすく並べて紙面や画面を作る作業のこと。英語ではタイポグラフィの一部。
- 書体(フォント)typeface / font
- 同じ思想・デザインでそろえた文字一式のこと。同じ「あ」でも、書体が変われば線の太さや形の雰囲気が変わる。組版が「並べる」仕事なら、書体は「並べる文字そのもの」。
- 字間じかん
- 文字と文字のあいだのすき間のこと。広すぎても狭すぎても読みにくくなる。
- カーニングkerning
- 特定の2文字だけのすき間を、形に合わせて手で詰めたり開けたりする調整。例:「AV」の空きすぎを詰める。
- トラッキングtracking
- 文章ぜんたいの字間を、まとめて一律に広げたり詰めたりする調整。「字送り」とも呼ぶ。
- 行間ぎょうかん
- 行と行のあいだの、上下のすき間のこと。
- 行送りぎょうおくり
- ある行の文字の足元から、次の行の文字の足元までの距離。行の高さそのもの。英語のレディングにあたり、行間とほぼ同じ意味で使う。
- レディングleading
- 行送り(行の高さ)の英語名。昔、活字の行間に鉛=lead(読みは「レッド」)の薄片を挟んだことに由来する。鉛 lead に -ing がついて leading(レディング)になった。
- 行長ぎょうちょう
- 一行の長さ(横幅)のこと。何文字ぶん入るかで測る。読みやすさを一番大きく左右する。
- 約物やくもの
- 文字以外の記号のまとめた呼び名。句読点(。、)・括弧(()「」)・中点(・)・ダッシュ(―)など。
- 禁則きんそく
- 約物を置いてはいけない場所のルール。行頭に「。」、行末に「(」を置かない、など。和文組版の決まりごと。
- 禁則処理きんそくしょり
- 禁則を守るために、約物を前の行に押し込んだり次の行に送ったりする自動調整のこと。
- JIS X 4051ジス エックス よんまるごういち
- 日本産業規格(JIS=国が決めた規格)の一つで、日本語の文章をどう組むか(禁則など)を定めたもの。正式名「日本語文書の組版方法」。
- line-heightラインハイト
- CSS(Webの見た目を指定する言語)で行の高さ=行送りを決める指定。値が1.5なら、文字サイズの1.5倍の高さになる。
- ピクセル(px)ぴくせる
- 画面上の長さの単位。文字サイズや行の高さをこの単位で指定する。16pxは「16ピクセル分の大きさの文字」という意味。
掟 RULES TO CITE
- 本文の一行の長さ(行長)は、英文なら45〜75字、日本語なら全角35〜40字に収める。長すぎると次の行頭を見失い、短すぎると目が何度も折り返して疲れるため。迷ったら英文66字/和文40字を基準にする(英文=典拠1/和文の目安=和文組版の慣行)
- 行間(行送り)は文字サイズの1.4〜1.6倍を基本にする。行がくっつくと次の行を拾えず、開きすぎると一行ずつバラバラに見えて、どちらも読みにくいため。行長が長いほど行間は広めにする(典拠1)
- トラッキング(文章全体の字間)は本文では足さない(=0が基本)。大きな見出しや、大文字だけ・小さい注釈のときだけ、ほんの少し開ける。本文を一律に開けると、単語のまとまりが壊れて読みにくくなる(典拠1・2)
- カーニング(特定の2文字だけのすき間調整)は、大きな見出しでだけ気にする。「AV」「To」「Wa」のように形が噛み合う組だけ、空きすぎを詰める。本文サイズでは手で直さない(典拠2)
- 約物(句読点・括弧・記号)の前後にできる余分なアキは詰める。約物は字の中に空白を抱えていて、放っておくとそこだけ間延びするため(典拠2)
- 禁則を守る。和文では行頭に「。」「、」「)」「」」を、行末に「(」「「」を置かない。文の切れ目や括弧のつながりが見えなくなるのを防ぐため(典拠5=JIS X 4051)
- 直せないほど読みにくいときは、まず行長を縮める→次に行間を広げる、の順で試す。字間より先に、この2つを疑う。読みやすさへの効き目が大きいのは行長と行間だから(典拠1)
典拠 SOURCES
- Robert Bringhurst『The Elements of Typographic Style』(1992) ― 現代タイポグラフィの標準教科書。本文の一行は45〜75字(理想66字。セリフ体・1段組の本文について、字とスペースを数えた値)・行送りの目安・約物の扱いなど、本クエストの数値の主たる典拠。和文35〜40字はこの欧文値ではなく和文組版の一般的な慣行
- Geoffrey Dowding『Finer Points in the Spacing & Arrangement of Type』(1954) ― 英国のタイポグラファ。ロンドン印刷専門学校で長年タイポグラフィを教えた。語間・字間・約物まわりのアキの取り方を体系立てた古典で、字間・語間を詰める(タイトに組む)方向を良しとした
- Emil Ruder『Typographie』(1967) ― スイス・バーゼル造形学校の組版思想。字間・行間・行長のバランスを「読みやすさ=機能」として理論化
- 金属活字の時代(15世紀グーテンベルク以降)の植字工の手仕事 ― 鉛の活字のすき間に薄い金属片(スペーシングマテリアル)を挟んで字間・行間を作った。「レディング(行間)」は鉛 lead を挟む作業に、「カーニング」は活字本体(ボディ)からはみ出した部分 kern に由来する
- 日本語の禁則処理 ― 行頭・行末に置いてはいけない約物のルール。JIS X 4051『日本語文書の組版方法』(2004年改正。初版は1993年に『日本語文書の行組版方法』として制定)として国の規格になっている