様式編 / 6章 日本の系譜
日本の系譜(亀倉雄策/田中一光/横尾忠則/原研哉)
西洋モダニズムの「足さない」を、日本は余白=間・家紋の幾何・浮世絵の伝統と結び、最も洗練させた。亀倉雄策から佐藤可士和まで、輸入と土着が和解した系譜を歴史からたどる。
ねらい
様式編でこれまで見てきたスイス様式(グリッドに乗せ、飾りを足さず、客観的に伝える、戦後ヨーロッパで生まれた「足さない」デザイン)は、日本にとっては「輸入品」だった。ここで言うグラフィックデザイン(ポスター・ロゴ・パッケージなど、紙や画面の上で“伝える”ためのデザイン)は、もともと西洋で育った技術だ。
このクエストのねらいは一つ。その輸入品を、日本が「自分の血」に変えていった道すじをたどること。なぜ日本でだけ「足さない」がここまで洗練されたのか。答えは意外と簡単だ。日本にはもともと「足さない」文化があったから――余白を「間(ま)」と呼んで大事にし、家紋という究極の幾何学を持ち、浮世絵で「省略の美」を磨いていた。つまり、西洋から来たモダニズムと、日本にもとからあった感覚が、たまたま同じ方向を向いていた。だから深く結びついた。
タイポ編で見た「和文組版」(漢字や仮名を升目に収める日本語の組み方)と、この章は地続きだ。あちらが「文字の升目」の話なら、こちらは「ページ全体の余白」の話。どちらも根は同じ――空っぽを、ただの余りではなく、働く力として扱うという日本の感覚にある。
なぜ日本は「足さない」が得意だったのか
新しい様式は前の時代への反発から生まれる――これは様式編ぜんぶを貫く見方だった。だが日本のグラフィックデザインは、少し事情が違う。反発する前に、すでに「足さない」素地を持っていた。三つの伝統を見ておこう。
一つ目は間(ま)。日本では昔から、何も無い空白を「余り」ではなく「意味のある空き」として大切にしてきた。音楽の休符、能の動かない時間、生け花の周りの空間――どれも「無い」ことで「在る」ものを引き立てる。これはスイス様式がたどり着いた「余白は働く要素だ」という考えと、はじめから同じだ。
二つ目は家紋。武家や商家が使った印(しるし)だ。丸や線だけで「桔梗」「橘」「鷹の羽」を表す。写実をやめ、形を極限まで単純な図形に削る――これは現代のロゴ(企業の印)とまったく同じ発想だ。日本は何百年も前から「幾何学的なマーク作り」を国民的にやっていた。
三つ目は浮世絵。江戸の版画は、影をつけず、輪郭線と平らな色面(べたっと塗った面)で世界を描いた。立体感を捨て、面と線で構成する――この「省略」が、のちにヨーロッパの画家(ゴッホら)にも衝撃を与えた。これも「足さない」美学だ。
だから日本のデザイナーは、西洋のモダニズムを「正反対の異物」としてではなく、「自分たちが昔からやっていたことの、別の言い方」として受け取れた。融合がスムーズだった理由は、ここにある。
亀倉雄策 ―― 日本を世界水準に乗せた人
最初の主役は亀倉雄策(かめくら ゆうさく、1915–1997)だ。彼がやったのは、ばらばらだった日本のグラフィックデザインを「世界に通じるプロの仕事」に引き上げること。戦後すぐ、ばらばらの絵描きを束ねる職業団体日本宣伝美術会(日宣美)の創立(1951)に加わり、広告デザインを会社ぐるみでやる日本デザインセンターの設立(1960)には、創立メンバー・専務として深く関わった。デザインを「個人の絵心」から「組織でやる職業」へと変えていった人だ。
頂点が1964年・東京オリンピック。彼が作った公式ポスターと大会のマーク(エンブレム)は、いまも教科書に載る。日の丸の赤い丸を中央にどんと置き、その下に金の五輪と金色の大会名(TOKYO 1964)。足したのは、ほぼそれだけ。スイス様式の「グリッドに乗せ、余白を働かせ、要素を絞る」を完璧に守りながら、中央に日の丸という「日本」を据えた。輸入した方法で、日本のシンボルを、世界に通じる強さで見せた――この一枚が、その後の日本のデザインの出発点になった。
田中一光 ―― 伝統を「幾何学」に翻訳する
次の主役は田中一光(たなか いっこう、1930–2002)。奈良に生まれ、古い日本文化を体で知っていた人だ。彼の発明をひとことで言うと、伝統を、丸と三角と四角に翻訳すること。
代表作が、アメリカ(UCLA)の日本舞踊公演のために作った『Nihon Buyo』のポスター(1981)。着物姿の女性の顔を、写実ではなく、色のついた幾何学の面だけで組み立てた。それでいて、ひと目で「これは日本の女性だ」と分かる。浮世絵が持っていた「平らな色面で人を描く」伝統を、モダニズムの幾何学に乗せ替えたのだ。図2で見た浮世絵と家紋の素地が、ここで一つに合流している。
そして田中一光は、**無印良品(むじるしりょうひん)**の発足時(1980年)から、そのクリエイティブの方向づけを担った人でもある。「ブランド名なし・飾りなし・素材のまま」という無印の思想は、彼の「足さない」美学そのものだ。日本人が毎日使う「無印らしさ」の出発点は、この人の頭から出ている。
横尾忠則と福田繁雄 ―― 「足さない」だけが日本じゃない
ここで一度、流れに「ねじれ」を入れておく。日本のデザインは「足さない」一辺倒ではない。逆方向の天才も同時に走っていた。
横尾忠則(よこお ただのり、1936– )は、その代表だ。彼は「整える・削る」とは正反対。派手な原色、神社の幟(のぼり)のような土着の図像、ど派手なアメリカのポップを、ぜんぶ一枚に詰め込んだ。これがサイケデリック(極彩色で目がチカチカする、1960年代の若者文化のスタイル)だ。あまりの強烈さに、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が早くから注目し、1972年には個展まで開いた。彼は「日本=静か・上品」という思い込みを壊し、土着とポップを混ぜるという、もう一つの日本の道を示した。
福田繁雄(ふくだ しげお、1932–2009)は、また別の天才だ。彼は図と地(絵として浮かび上がる部分=図と、その背景=地)の達人。準備編で習った図と地を、ポスター一枚で遊んでみせる。代表作『Victory 1945』(1975年、第二次大戦終結30周年を記念したワルシャワの国際ポスター展で最高賞)は、大砲の砲身から出た弾が、よく見ると逆向きに砲口へ戻っていく――戦争の愚かさを、だまし絵(見方で違うものに見える絵)一発で伝えた。足すのではなく、見る人の脳を使わせる。これも省略の知恵だ。
なぜこの二人を入れるか。理由は大事だ。「日本=余白・ミニマル」というのは、たくさんある日本の顔のうちの一つにすぎない。横尾の祭りのような色も、福田の頭の体操も、まぎれもなく日本のデザインだ。掟を学ぶときも、これを忘れてはいけない――「足さない」は強力な道具だが、唯一の正解ではない。
原研哉 ―― 「空っぽ」を思想にまで高める
流れを主流に戻す。**原研哉(はら けんや、1958– )は、田中一光が方向づけた無印良品を引き継ぎ、2002年からアートディレクターを務めた人だ。そして彼は、日本の「足さない」を、ただの見た目ではなく思想(考え方の体系)**にまで磨き上げた。
その思想のキーワードが『白』と「エンプティネス(空っぽさ)」だ。彼は言う。空っぽの器は「何も無い」のではなく、「これから何でも入る」という可能性そのものだ、と。無印の商品が「主張しない」のは、手抜きではない。使う人が自分の暮らしを注ぎ込めるように、わざと空けてある。空白を「受け皿」として設計する――これが原研哉の核心だ。図2で見た「間」を、現代の言葉で語り直したものだと言っていい。
彼はこれを本に残した。『デザインのデザイン』(岩波書店, 2003)と『白』(中央公論新社, 2008)。さらに「触覚(さわった感じ)」をテーマにした展覧会『HAPTIC』(2004)で、デザインは目だけのものではない、と問いかけた。スイス様式の章で「余白は働く要素」と言ったが、その裏づけとして何度も出てくる原研哉とは、この人のことだ。
佐藤可士和 ―― 「整理」をブランドの力にする
系譜の現代側、佐藤可士和(さとう かしわ、1965– )。2000年に自分の事務所「SAMURAI」を構え、企業のブランディング(その会社が何者かを、見た目と体験で一貫して伝える仕事)で日本を代表する人になった。手がけたのはユニクロ(2006年、ブランドの“顔”になる大型店=ニューヨーク旗艦店から、世界戦略のロゴまで)、セブン-イレブン、楽天など、誰もが毎日見るものばかり。
彼の方法は、ひとことで言うと「整理」だ。企業が抱えるごちゃごちゃした要素を、徹底的に削り、いちばん大事な一点だけを残してロゴや店に結晶させる。ユニクロのロゴは、赤い四角にカタカナと英字を整然と並べただけ。足していない。整理しただけ。亀倉から原までずっと流れてきた「足さない」が、彼の手で「ブランドを強くする経営の道具」になった。デザインが、絵の話から、会社を動かす話へと進んだ瞬間だ。
ここで系譜全体を一本の線でつないでおこう。
見分け方 ―― これは「日本の系譜」か
街やWeb、店の棚で「日本の系譜の血」を見抜く目を持とう。次の特徴がそろっていれば、それはこの章で見た流れを引いている。
- 広く、意図して取られた余白(間)。詰め込まず、空きで主役を立てている
- 写実をやめ、丸・三角・四角・面と線でできた、家紋のように単純なマーク
- 抑えた色に、必要なら一色だけ強く差す(日の丸の赤のように)
- 主張しすぎず、**使う人が入り込める「すき間」**を残している
- ただし例外として、**祭りのような原色の洪水(横尾系)**や、**図と地の仕掛け(福田系)**もまた、日本の顔である
これらは別々のルールではなく、すべて**「足さない――空白を、働く力として使う」という一つの思想**から出ている。掟を覚えるより、この思想を覚えるほうが早い。そして覚えておくべきもう一つ――その思想は、たくさんある日本の顔の「一つ」にすぎない、ということも。
譜例
棚(design-gallery)で、無印良品やユニクロ、現代日本のサイトの実例を見て、本文の特徴がどう現れているか確かめよう。
見るときは、図8の特徴(間の広さ・一色差し・幾何のマーク・入り込めるすき間)がいくつ当てはまるかを数えてみるとよい。
練習・チェック
- 身の回りで「日本の系譜らしいデザイン」を一つ探そう(無印の値札、駅のサイン、和菓子の包装など)。「見分け方」の特徴がいくつ当てはまるか数えてみよう。
- 「日本=余白・ミニマル」というのは正しいか? 横尾忠則や福田繁雄を思い出して、一文で反論してみよう。(ヒント:日本の顔は一つではない)
- 自分が作った(または好きな)ロゴを一つ選び、「写実をやめて丸・三角・四角に翻訳する」としたらどう削れるか、田中一光になったつもりで考えてみよう。
用語 GLOSSARY
- グラフィックデザインgraphic design
- ポスター・ロゴ・パッケージ・看板など、紙や画面の上で“伝える”ためのデザイン。この章の主役になる平面の伝達物のこと。
- 日本の系譜
- 西洋から来たモダニズム(足さないデザイン)を、日本独自の余白・家紋・浮世絵の感覚と結びつけて発展させた、亀倉雄策から佐藤可士和までの流れのこと。
- モダニズムmodernism
- 20世紀初め、過去の飾りを否定し、幾何学と機能を重んじた西洋の一連のデザイン運動。スイス様式の土台。
- スイス様式
- 別名・国際タイポグラフィ様式。1950年代スイスで生まれた、グリッドに乗せ飾りを足さず客観的に伝える様式。様式編で学んだ「足さない」デザインの代表。
- 間ま
- 日本で昔から大切にされてきた、何も無い空白や空き時間のこと。「無い」ことで主役を引き立てる、働く空白。
- 家紋かもん
- 武家や商家が使った印(しるし)。丸や線だけで植物や鳥を表す、写実を捨てた極限の単純な図形。現代のロゴの先祖。
- 浮世絵うきよえ
- 江戸時代の版画。影をつけず、輪郭線と平らな色面で世界を描いた。立体感を捨てる「省略の美」を持つ。
- 色面しきめん
- べたっと一様に塗られた色の面。陰影で立体を作らず、面と面の組み合わせで形を見せる描き方。
- 和文組版わぶんくみはん
- 漢字や仮名を升目(マス)にそろえて並べる、日本語ならではの文字の組み方。タイポ編で学んだ。
- アートディレクターart director
- 見た目の方向性をまとめて決める責任者。略してAD。広告やブランド全体の「絵づくりの監督」にあたる。
- エンブレムemblem
- 大会や組織を表す公式のマーク(記章)。東京1964五輪では亀倉が日の丸+五輪のマークを手がけた。
- サイケデリックpsychedelic
- 極彩色でぐにゃぐにゃした、目がチカチカするような表現。1960年代の若者文化から広まったスタイル。
- 土着どちゃく
- その土地に昔から根づいた、素朴で生活に密着した文化や図像のこと。横尾忠則は神社の幟などの土着の図像を使った。
- 図と地ずとじ
- 絵として浮かび上がって見える部分(図)と、その背景(地)の関係。準備編で学んだ知覚の基本。福田繁雄はこれで遊んだ。
- だまし絵だましえ
- 見方によって違うものに見えたり、ありえない形に見えたりする絵。仏語で「トロンプ・ルイユ」とも呼ぶ(だまし絵の意)。
- エンプティネスemptiness
- 原研哉のキーワード。空っぽの器を「何も無い」ではなく「これから何でも入る可能性」として捉える考え方。
- HAPTICハプティック
- 原研哉が2004年に開いた展覧会の名。「触覚(さわった感じ)」をテーマに、デザインは目だけのものではないと問うた。
- ブランディングbranding
- その会社や商品が「何者か」を、ロゴ・店・広告などを通じて一貫して伝え、印象を育てる仕事。
- 旗艦店きかんてん
- ブランドの“顔”になる、いちばん大きく力を入れた店。英語ではフラッグシップストア。「旗艦」は艦隊の中心になる船のたとえ。
- 無印良品むじるしりょうひん
- ブランド名や飾りを省き、素材のまま安く良い品を出す日本の小売。田中一光が発足時からクリエイティブを方向づけた。
掟 RULES TO CITE
- 余白を「余り」ではなく「働く力(間)」として、広く・意図して取る。詰め込む前に、まず空きで主役を立てられないか試す(典拠5・6)
- ロゴやマークは写実をやめ、丸・三角・四角・面と線まで削って作る。家紋のように、いちばん単純な図形で「らしさ」を立ち上げる(典拠2)
- 色は抑え、必要なら一色だけ強く差す(日の丸の赤のように)。たくさんの色で勝負しない(典拠1・2)
- デザインで主張しすぎない。使う人が自分の暮らしや意味を注ぎ込める「すき間」を、わざと残しておく(典拠5)
- ごちゃついたら足して直そうとせず、いちばん大事な一点だけ残して「整理」する。引いて強くする(典拠1・6)
- 「足さない」を既定にしつつ、狙って崩すときは別の正統に乗せる――土着+原色(横尾系)か、図と地の反転(福田系)か、どちらの型で外すかを先に決めてから崩す(典拠3・4)
典拠 SOURCES
- 亀倉雄策(1915–1997)― 職業団体「日本宣伝美術会(日宣美)」創立(1951)に参加、「日本デザインセンター」設立(1960)に創立メンバー・専務として参画、東京1964オリンピック公式ポスター・大会エンブレムを制作、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)初代会長(1978)。日本のグラフィックデザインを職業・世界水準に引き上げた
- 田中一光(1930–2002)― 奈良生まれ。無印良品の発足時(1980)からクリエイティブの方向づけを担い、のちのアートディレクター体制へつないだ。ポスター『Nihon Buyo』(UCLA日本舞踊公演, 1981)で伝統を幾何学に翻訳
- 横尾忠則(1936– )― サイケデリックと土着(神社の幟など)+アメリカのポップを混交。MoMA(ニューヨーク近代美術館)が早くから注目し、1972年に個展。日本のもう一つの系譜を代表
- 福田繁雄(1932–2009)― だまし絵・錯視のポスターで図と地を操る達人。代表作『Victory 1945』が1975年・第二次大戦終結30周年を記念したワルシャワ国際ポスター・コンペで最高賞(年号1945が題名と記念年の両方に効いている)
- 原研哉(1958– )― 武蔵野美術大学。無印良品アートディレクター(2002– )。『デザインのデザイン』(岩波書店, 2003)、『白』(中央公論新社, 2008)、展覧会『HAPTIC』(2004)で「白=エンプティネス(空っぽさ)」を思想化
- 佐藤可士和(1965– )― 博報堂を経て2000年にクリエイティブスタジオ「SAMURAI」設立。ユニクロ(2006年ニューヨーク旗艦店からの世界戦略)、セブン-イレブン、楽天などのブランディング。「整理」をブランドの力にした