タイポグラフィ編 / 2章 書体の分類
書体の分類
セリフ・サンセリフ・スラブ・スクリプトの系譜と性格。書体は「手書きの真似→飾りを削る→飾りを誇張」という反作用の連鎖で生まれた。なぜ明朝は読みやすくゴシックは力強いのか、その理由ごと「なんとなく選ぶ」を「目的で選ぶ」に変える。
ねらい
前のクエスト(文字の解剖)で、文字はベースライン(地面の線)・x-height(小文字の本体の高さ)・字面(黒の広さ)・ふところ(内側の空き地)という決まった部品でできていると学んだ。このクエストは、その一段上だ。その部品を見る目を使って、書体の大きな「家系」を読み解く。
世の中の何千という書体は、バラバラに存在しているわけではない。じつは数えるほどの「家系」に分かれている。セリフ体、サンセリフ体、スラブセリフ、スクリプト——この大きな仲分けと、それぞれの「生まれ」と「性格」を押さえる。なお、前章で名前だけ出たセリフ(線の端の小さな飾り)を、ここからは家系を分ける一番の鍵として使っていく。
ねらいは一つ。書体選びを「なんかこれ良さそう」から「この目的だからこの家系」に変えること。そして、なぜ明朝体は長文で読みやすく、ゴシック体は見出しで力強いのか——その理由を、丸暗記ではなく歴史の流れでつかむ。
まず大きく4つの家系に分ける
細かい話に入る前に、地図を持とう。欧文(アルファベット)の書体は、まず4つの大きな家系に分けられる。この4つさえ見分けられれば、世の中の書体の9割は仕分けできる。違いは、たった2つの部品——セリフ(線の端の飾り)があるかと、線の太さが場所で変わるか——で決まる。
ここで大事なのは、この4つはただ並んでいるのではなく、時間の順番で生まれたということ。前のクエスト群でくり返した見方——「新しい様式は、前への反発から生まれる」——が、書体の歴史でもそのまま当てはまる。順に見ていこう。
セリフ体 ―― 手書きの「真似」から始まった
いちばん古い家系がセリフ体だ。セリフとは、文字の線の端にあるひげのような小さな飾りのこと。なぜこんな出っぱりがあるのか。答えは「手書きの名残」だ。
印刷が生まれる前、本はすべて手で書き写されていた。平たい先のペンで書くと、線の始めと終わりに、自然と「とめ・はね」のような出っぱりができる。最初の印刷の文字は、その手書きの本をそっくり真似て作られた。だからセリフが付いている。発明ではなく、模写から始まったわけだ。
そしてもう一つの特徴が、線の太さが場所で変わること。縦の線は太く、横の線は細い。これも平たいペンで書いたときの自然な太り方の名残だ。
このセリフ体は、500年かけて少しずつ進化した。ざっくり3段階だ。
- オールドスタイル(1500年代ごろ)――まだ手書きに近く、線の太さの差がおだやか。Garamond(ギャラモン)が代表。
- トランジショナル(1700年代半ば)――「移り変わり」の意味。太い・細いの差がはっきりしてくる。Baskerville(バスカヴィル)が代表。
- モダン(別名ディドネ。代表書体DidotとBodoniを合わせた呼び名)(1700年代末)――差を極端まで押し進めた。縦は太く、横は針のように細い。BodoniやDidotが代表。
性格はこうだ。セリフ体は伝統・上品・信頼を感じさせる。新聞や小説など長い文章で読みやすいとされてきた(理由は後の節で)。だから本、新聞、ブランドのロゴ、卒業証書——「ちゃんとした」「歴史がある」を出したい場所で使われる。
サンセリフ体 ―― 飾りを「削った」反作用
次に生まれたのがサンセリフ体だ。「sans(サン)」はフランス語で「〜が無い」。つまりセリフが無い書体。線の太さも、場所であまり変わらずほぼ一定になる。
なぜ削ったのか。これも反作用だ。1800年代、産業革命(機械と工場で大量生産が始まった大きな社会の変化)が起きて、世の中にポスターや広告があふれた。遠くからでも、一瞬で、力強く目立つ文字が要る。細かいセリフや、繊細な太さの差は、大きく刷ると邪魔だし、遠目に消える。そこで飾りを全部そぎ落とした、無骨で目立つ文字が作られた。
面白いのは、最初サンセリフが歓迎されなかったこと。飾りの無い文字を、当時の人は見慣れず**「グロテスク(奇妙・不気味)」**と呼んだ、という呼び名が伝わっている。だから今でも、古い系統のサンセリフには「グロテスク体」という名が残っている(Akzidenz-Groteskなど)。
サンセリフにも家系がある。覚えるなら3つ。
- グロテスク系(古い・19世紀末)――やや無骨。Akzidenz-Grotesk。
- ジオメトリック系(幾何学)――丸はコンパスの真円、という具合に図形で組んだような形。Futura(フツラ)。理想的・モダンな印象。
- ヒューマニスト系(人間的)――手書きの自然な動きを残したサンセリフ。Gill Sansや、ロンドン地下鉄の文字。読みやすく親しみやすい。
性格は、現代・明快・中立。だから前のクエストで見たスイス様式はサンセリフを選んだ(HelveticaもUniversも1957年生まれ)。見出し、標識、Webの画面——「いま」「はっきり」を出したい場所の定番だ。
スラブセリフとスクリプト ―― 「誇張」と「特別扱い」
残り2つの家系を片づけよう。これらは「主役」ではなく、用途がはっきりした脇役だ。
スラブセリフは、サンセリフとは逆方向の発明だ。サンセリフが飾りを「削った」のに対し、スラブセリフは飾りを太く・四角く誇張した。「slab(スラブ)」は「分厚い板」の意味。セリフが細いひげではなく、ゴツい角材になっている。これも産業革命期、広告でとにかく目立ちたいという欲求から生まれた。当時エキゾチックだった「エジプト」の名を借りて、エジプシャンとも呼ばれる(古代エジプトの文字とは無関係の流行名)。性格は頑丈・力強い・押しが強い。タイプライターの文字や、西部劇の指名手配ポスターを思い出すといい。
スクリプト体は、手書き・筆記の動きをそのまま文字にしたものだ。流れるような曲線で、字と字がつながることも多い。性格は優雅・手づくり感・特別。結婚式の招待状、高級な化粧品やお菓子のロゴで使われる。ただし鉄則が一つ。長い文章には絶対に使わない。続け字は読むのに頭を使うから、ひとめで読めるのはせいぜい数語まで。スクリプトは「ここぞ」の一言だけに効かせる、強い香りのスパイスだ。
なぜ明朝は読みやすく、ゴシックは力強いのか
ここで和文(日本語の文字)に渡そう。日本語にも、欧文とそっくりな2大家系がある。明朝体とゴシック体だ。じつはこれは、欧文のセリフ体/サンセリフ体と一対一で対応している。
- 明朝体 = 和文のセリフ体。横線が細く縦線が太い。線の端にウロコ(三角の飾り=セリフの仲間)が付く。筆の動きの名残だ。
- ゴシック体 = 和文のサンセリフ体。線の太さがほぼ一定。飾り(ウロコ)が無い。
では「明朝=読みやすい、ゴシック=力強い」の理由だ。ここは感覚でなく、構造で説明できる。
長文で明朝(セリフ)が読みやすい理由: 線に太い・細いの差があると、一文字ごとの形の特徴がはっきり出る。さらに横線の端に付くウロコ(セリフ)が、文字の下のほうでそろって並ぶと、見えない一本の線(レール)が浮かび上がる。目はそのレールに沿って横へすべるので、ひと文字ずつ拾うのでなく、語のかたまりをすべるように読める。小さい文字をびっしり並べる本文では、この差が効く(可読性=典拠5)。
見出しでゴシック(サンセリフ)が力強い理由: 飾りが無く太さも一定だから、黒の面積が大きく、まとまった黒い塊に見える。塊は遠くからでも強く目に飛び込む。だから大きく一語だけ見せる見出し・標識・ボタンでは、ゴシックの「黒さ」が武器になる。逆にこの黒さは、本文サイズでびっしり並ぶと重く・うるさくなりやすい。
注意:これは「明朝が偉い/ゴシックが下」という話ではない。目的が違うだけだ。長い本文なら明朝、強い見出しならゴシック。スマホ画面は文字が小さくつぶれやすいので、本文でもゴシックが選ばれることが多い——これも「目的(画面・サイズ)で選ぶ」の一例だ。
見分け方 ―― 街で書体を仕分ける目
最後に、実物を仕分ける手順を一本にまとめる。文字を見たら、上から順にこの質問をすればいい。3問で家系まで絞れる。
- 続け字・手書きっぽい? → はい:スクリプト。いいえ:次へ。
- 線の端に飾り(セリフ/ウロコ)がある? → 無い:サンセリフ/ゴシックで確定。ある:次へ。
- その飾りは太い角材みたい? → はい:スラブセリフ。細いひげ:セリフ/明朝。
そして、家系がわかれば性格と用途も自動でついてくる。セリフ/明朝=伝統・長文向き。サンセリフ/ゴシック=現代・見出し向き。スラブ=力強い・目立たせ。スクリプト=優雅・ひと言だけ。これで「なんとなく」を一つ卒業だ。書体は感じるものではなく、目的に対して選ぶものになる。
譜例
棚(design-gallery)で実例を見て、本文の家系と性格がどう現れているか確かめよう。
見るときは、図10の3問でまず家系を当て、それから「この用途(本文か・見出しか・ロゴか)にその家系は合っているか」を考えてみるとよい。
練習・チェック
- 身近な印刷物や看板から書体を1つ選び、図10の3問でどの家系かを判定しよう。そのうえで、使われている場所(本文か・見出しか・ロゴか)に、その家系が合っているか言ってみよう。
- 明朝が長文で読みやすい理由を、一文で言えるか。(ヒント:横線の端の飾り=ウロコが並ぶと、何が浮かび上がるか)
- スマホの本文で、明朝よりゴシックが選ばれやすいのはなぜか。「目的(端末・サイズ)で選ぶ」の枠で説明してみよう。(ヒント:細い飾りや太さの差は、小さくすると何が起きるか)
用語 GLOSSARY
- 書体(フォント)typeface / font
- 同じ思想でそろえた文字一式。同じ字でも書体が変われば線の太さや飾りの形が変わる。
- セリフserif
- 文字の線の端にある、ひげのような小さな飾り。これが有る書体をセリフ体と呼ぶ。
- サンセリフsans-serif
- 線の端の飾り(セリフ)が無い書体。「sans」は仏語で「〜が無い」。線の太さもほぼ一定。
- スラブセリフslab serif
- セリフを細いひげではなく太い角材のように誇張した書体。頑丈で力強い。別名エジプシャン。
- スクリプト体script
- 手書き・筆記の流れる動きをまねた書体。優雅だが読みづらいので、ひと言だけに使う。
- エジプシャンEgyptian
- スラブセリフの別名。19世紀、エジプトが流行の話題だった頃に付いた名前で、古代エジプトの文字とは関係ない。
- オールドスタイルOld Style
- いちばん古いセリフ体(1500年代ごろ)。手書きに近く、縦線と横線の太さの差がおだやか。代表=Garamond。
- トランジショナルTransitional
- 「移り変わり」の意。1700年代半ばのセリフ体で、縦と横の太さの差がはっきりしてくる。代表=Baskerville。
- モダン(ディドネ)Modern / Didone
- 1700年代末のセリフ体。縦線は太く横線は針のように細い、太さの差を極端にした様式。ディドネは代表書体Didot+Bodoniを合わせた呼び名。
- グロテスクgrotesque
- 初期のサンセリフに付いた呼び名。飾りの無い文字を当時の人が見慣れず「奇妙・不気味」と感じたことに由来する、とされる。
- ジオメトリックgeometric
- 円や直線など図形(幾何学)で組み立てたように見えるサンセリフ。理想的・モダンな印象。代表=Futura。
- ヒューマニストhumanist
- 手書きの自然な動きを残したサンセリフ。読みやすく親しみやすい。代表=Gill Sans。
- 明朝体みんちょうたい
- 和文のセリフ体。横線が細く縦線が太く、端にウロコ(飾り)が付く。長い本文で読みやすい。
- ゴシック体ゴシックたい
- 和文のサンセリフ体。線の太さがほぼ一定で飾りが無い。黒く力強く、見出し向き。
- ウロコ
- 明朝体の横線の端などに付く、三角の小さな出っぱり。欧文のセリフにあたる和文の飾り。
- 和文/欧文わぶん/おうぶん
- 和文は漢字・かな(日本語の文字)、欧文はアルファベット。書体の話で区別して使う。
- x-height(エックスハイト)x-height
- 小文字の本体(a や x など、出っぱりの無い部分)の高さ。これが大きいと文字が大きく見え読みやすい。
- ふところ
- a や e などの文字の内側にある空きスペース。広いと明るく開いた印象になる。
- 可読性かどくせい
- その文字がどれだけ読みやすいか・読み間違えにくいか。長文や小さい字・遠くの看板で特に問われる。
- 産業革命さんぎょうかくめい
- 1800年代を中心に、機械と工場で大量生産が始まった大きな社会の変化。広告やポスターが急にあふれた。
- スイス様式スイスようしき
- 1950年代スイスで生まれたデザインの流儀。感情を排し、飾り無しのサンセリフを選んだ。
掟 RULES TO CITE
- 長い本文にはセリフ体/明朝(線の端に飾りがある書体)を選ぶ。線の太さの差と端の飾りが、目を横にすべらせて読ませるため(典拠1・5)
- 見出し・標識・ボタンなど「大きく一語を遠くから見せる」場所にはサンセリフ/ゴシック(飾り無し・太さ一定)を選ぶ。黒の塊が遠くでも強く目に入るため(典拠4・5)
- 書体は感覚で当てず、3問(続け字か→端に飾りか→飾りは太い角材か)で家系まで機械的に絞ってから、性格と用途を当てる(典拠3を高校生向けに簡約した本書の手順)
- スクリプト体(続け字・手書き風)は長文に使わない。読むのに頭を使うので、効くのはタイトルや一語まで。少量で効かせるスパイスとして扱う(典拠2・5)
- 1枚の中で混ぜる家系は2つまでを目安にする。基本はセリフ系1つ+サンセリフ系1つの役割分担で組み、スラブやスクリプトは「ここぞ」の差し色として一点だけ足す(典拠5に基づく本書の実務則)
- スマホなど文字が小さくつぶれる画面は、本文でも明朝よりゴシック(飾り無し)を優先する。細い飾りや太さの差は小さいと消えて読みにくくなるため。書体は端末・サイズという「目的」で選び直す(典拠5)
典拠 SOURCES
- Claude Garamond(クロード・ギャラモン、フランス、1500年代)=オールドスタイル・セリフ体の代表。Baskerville(John Baskerville, 1757)=トランジショナル、Bodoni(Giambattista Bodoni, 1798ごろ)/Didot(Firmin Didot, 1790年代)=モダン(ディドネ)と続く、セリフ体3段階の系譜
- スラブセリフは Vincent Figgins が1815年に最初の様式「Antique」を発表し、Robert Thorne/Thorowgood 系が「エジプシャン」の名で広めた(イギリス、産業革命期の広告用)。William Caslon IV が1816年に最初期の印刷用サンセリフを発表
- Maximilien Vox『Vox分類』(1954)/のちのVox-ATypI分類 ― 書体を様式で仕分ける標準的な枠組み。本クエストの4大家系は、これを高校生向けに簡約したもの
- Akzidenz-Grotesk(Berthold社, 1898)=グロテスク系/Futura(Paul Renner, 1927)=ジオメトリック系/Gill Sans(Eric Gill, 1928)・ロンドン地下鉄書体(Edward Johnston, 1916)=ヒューマニスト系。サンセリフ3系統の典拠。Helvetica(Max Miedinger/Eduard Hoffmann, 1957)/Univers(Adrian Frutiger, 1957)はスイス様式の代表サンセリフ
- Robert Bringhurst『The Elements of Typographic Style』(1992) ― 各分類の性格・用途(長文=セリフ、表示=サンセリフ等)・可読性・書体の併用(ペアリング)を定義した現代タイポグラフィの標準教科書
- 和文の明朝体・ゴシック体 ― 明朝体は中国・宋代(10〜11世紀)に盛んになった木版印刷の彫刻書体(毛筆の楷書を模したもの)を源流とし、明代(16世紀ごろ)に現在の骨格が定着。「明朝」の名は、のちに日本へ伝わった明代版本にちなむ呼称。近代日本の活字(本木昌造ら、1870年前後の活版印刷導入)で本文書体として定着。ゴシック体(飾り=ウロコの無い等線の和文書体)は近代以降、見出し・表示用として発達