様式編 / 3章 機能主義の頂点
スイス・スタイル(国際タイポグラフィ様式)
戦後、感情を排して「客観的な伝達」を目指した様式。グリッドとサンセリフでデザインを“システム”に変えた。現代Webの祖先。何への反作用かを歴史から理解する。
ねらい
スイス・スタイル(国際タイポグラフィ様式)は、いまも「整ったデザイン」の標準形だ。Webサイトでも、名刺でも、無印良品の売り場でも、その血が流れている。
このクエストのねらいは一つ。「グリッドに従え」「装飾を足すな」という掟を、丸暗記ではなく理由ごと身につけること。なぜそうなったのか。それは何への反発から生まれたのか。歴史をたどると、掟が「ただのルール」から「使える道具」に変わる。
何への反作用だったか
新しい様式は、いつも前の時代への反発として生まれる。これが「様式編」全体を貫く見方だ。スイス様式も例外ではない。
時は1950年代。場所はスイスのチューリッヒとバーゼル。直前にあったのは、第二次世界大戦だ。あの時代、デザインやポスターは何に使われたか。プロパガンダ(人々を煽り、戦争へ動かすための宣伝)だった。作家の強い個性、感情をあおる装飾、声高な絵 ―― それらが世界を炎上させた。
戦争が終わったあと、デザイナーたちはこう考えた。
デザイナーは芸術家ではない。客観的な伝達者である。
つまり、「俺の感性を見ろ」をやめる。代わりに、誰が作っても同じように、正確に伝わる仕組みをつくる。個性を消すことが、むしろ誠実さだと考えた。これがスイス様式の心臓部にある思想だ。
ただし、これは完全な発明ではない。1920年代のドイツにバウハウス(機能を最優先する造形学校)や構成主義(ロシアで生まれた、幾何学的で機能本位の運動)があり、「機能主義」(飾りより役割を優先する考え方)の種をまいていた。スイス様式は、その種が戦後に咲いた頂点だと考えるといい。ゼロから生まれたのではなく、継承して研ぎ澄ました。
グリッド ―― 升目に乗せる
スイス様式の第一の武器がグリッドシステムだ。グリッドとは、ページを等間隔に分けた、目に見えない方眼のこと。作り方は二段階で考えるとわかりやすい。まずページを縦のカラム(列)で割る。次に、そのカラムを横線でも区切る。すると縦横の線で囲まれた一マスができる。この一マスがモジュール(升目)だ。文字も写真も見出しも、すべてこの升目の線に乗せる。宙に浮かせない。
なぜ升目に乗せると良いのか。理由は二つ。
- 整って見える ―― 人の目は「揃っている/揃っていない」を一瞬で見抜く。位置がバラバラだと、内容より先に「散らかっている」という印象が伝わってしまう。
- 誰がやっても同じになる ―― 「ここはなんとなく中央へん」ではなく「2列目の左端」と言える。判断が気分から規則に変わる。これこそ「客観的な伝達」の実装だ。
サンセリフ+左揃え ―― 飾らない・軸を作る
第二の武器が書体(フォント)の選び方だ。書体とは、同じ思想でそろえた文字一式のこと。スイス様式はサンセリフを使う。サンセリフとは、文字の線の端にある小さな飾り(セリフ=「ひげ」のような出っぱり)が無い書体のこと。「sans(サン)」はフランス語で「〜が無い」。つまり「飾り無し」だ。
なぜ飾りを消すのか。装飾の付いた文字は、昔の看板や賞状を思い出させる――つまり「いつの時代の・誰の趣味か」という色がついてしまう。前の節で見たとおり、スイスは「感情をあおる表現」への反発から生まれた。中立に、客観的に伝えたい彼らは、文字に乗ったその“色”すら消したかった。だから飾り無しのサンセリフを選ぶ。文字も無表情がいい、というわけだ。
そして文字は左揃えにする。行の左端を一直線にそろえ、右端はそろえずデコボコのままにする(これをラグ右=「ぎざぎざの右」と呼ぶ)。理由は、左に一本の軸が立つから。人の目は左から読む。左端がそろっていれば、視線が毎行きれいに戻れる。逆に中央揃えは、行ごとに左端の位置がズレるので軸が消え、落ち着かない。だからスイスは中央揃えを避ける。
ここで偶然ではない事実を一つ。スイス様式を代表する2つのサンセリフ、Helvetica(ヘルベチカ)とUnivers(ユニバース)は、どちらも1957年に生まれた。ちなみにHelveticaは当初**Neue Haas Grotesk(ノイエ・ハース・グロテスク)**という名で1957年に発表され、いまの「Helvetica」へ改名されたのは1960年だ。名前は変わったが、生まれは1957年。時代がそういう無表情で正確な書体を求めていた、という証拠だ。
写真と余白 ―― 加工せず、空白を働かせる
第三に、写真は加工しない。スイス様式はイラストや派手な効果ではなく、そのままの写真で事実を見せる。加工は「作者の解釈」が混ざる=主観だからだ。客観でいたいから、写真にも手を入れない。
第四に、余白(空白)を能動的に使う。ふつう余白は「埋め残し」「余り」だと思われがちだ。スイス様式は逆。余白を構成の力として積極的に置く。広い空白は、要素を孤立させて目立たせ、画面に緊張感と高級感を生む。空白は「何も無い場所」ではなく「働いている場所」だ(この“空白の能動性”は、のちに原研哉も体系立てて語ることになる)。
なぜ今も効くのか ―― 現代Webの祖先
ここがこのクエストの肝だ。スイス様式は過去の流行ではない。現代のWebデザインは、同じ“再現できる仕組み”という思想を受け継いでいる。
偶然似ているのではない。Webの基本部品は、スイスが掲げた「再現できる仕組み」という理想を、そのまま技術に置き換えて作られている。だから三つ並べると、左右がきれいに対応する。CSSのグリッドレイアウト(Webページを格子状に組む仕組み)は、まさにグリッドシステムそのもの。システムフォント(端末に最初から入っている素直な書体)は、無表情なサンセリフの思想。コンポーネント(部品を作って何度も使い回す設計)は、「個性より再現性」というスイスの理想を技術にしたものだ。「再現できる仕組みとしてのデザイン」――この一点で、両者は深くつながっている。
だから実用上こうなる。Webサイトが「なんか整って見えない」とき、原因はたいてい次のどちらかだ。要素がグリッドに乗っていないか、書体や色を増やしすぎているか。スイスの掟(升目に乗せる・1書体で貫く・足さない)に戻すと、たいてい直る。コツは一つ――足して整えようとせず、引いて整える。要素を減らす方を試すと、たいてい早い。理屈を知っていれば、感覚に頼らず原因を特定できる。これが「典拠を持つ」強さだ。
見分け方
最後に、街やWebでスイス様式を「見抜く」目を持とう。次の特徴が揃っていれば、それはスイスの血を引いている。
- 目に見えない方眼にきっちり乗った配置
- 大きく、堂々とした余白
- 飾り無しのサンセリフ、1書体で統一
- 抑えた配色(モノクロに赤などの一色を差すことが多い)
- 加工していない、そのままの写真
これらは別々のルールではなく、すべて**「客観的に伝える」という一つの思想**から出ている。掟を覚えるのではなく、この思想を覚えれば、掟は自然に思い出せる。
譜例
棚(design-gallery)でスイス様式の実例を見て、本文の特徴がどう現れているか確かめよう。
見るときは、図7の5特徴(方眼・余白・サンセリフ1書体・モノクロ+一色差し・無加工の写真)がいくつ当てはまるかを数えてみるとよい。
練習・チェック
- 身近なWebサイトを1つ選び、「見分け方」の5特徴のうち、いくつ当てはまるか数えてみよう。3つ以上当てはまれば、それはスイス様式の血を引いている。
- スイス様式が中央揃えを避ける理由を、一文で言えるか。(ヒント:左の「軸」がどうなるか)
- 友達の作ったチラシやスライドが「なんか散らかって見える」とき、スイスの掟を使って原因を2つに絞ってみよう。――要素がグリッドに乗っていないか? 書体や色を増やしすぎていないか? そして「足す」より先に「引く」を試そう。
用語 GLOSSARY
- スイス・スタイル(国際タイポグラフィ様式)International Typographic Style
- 1950年代スイスで生まれた、感情を排し客観的な伝達を目指したデザインの様式。グリッドとサンセリフが核。
- グリッドシステムgrid system
- ページを縦の列と細かい升目に等間隔で分け、すべての要素をその線に乗せる、目に見えない方眼の仕組み。
- カラムcolumn
- グリッドを縦に区切った“列”のこと。文章や要素はこの列の幅に合わせて配置する。
- モジュールmodule
- カラムをさらに横線で区切ってできる、グリッドの最小単位の升目(一マス)。要素はこの升目に揃えて置く。
- 書体(フォント)typeface / font
- 同じ思想・デザインでそろえた文字一式のこと。同じ「あ」でも、書体が変われば線の太さや形の雰囲気が変わる。
- サンセリフsans-serif
- 文字の線の端にある小さな飾り(セリフ)が無い書体。「sans」は仏語で「〜が無い」。
- セリフserif
- 文字の線の端にある、ひげのような小さな飾り。これが有る書体をセリフ体と呼ぶ。
- 左揃え/ラグ右flush left / ragged right
- 行の左端を一直線にそろえ、右端はそろえずデコボコのままにする組み方。左に読みの軸が立つ。
- 中央揃えcentered
- 各行を中央にそろえる組み方。行ごとに左端がズレて軸が消えるため、スイス様式では避ける。
- Helvetica(ヘルベチカ)/Univers(ユニバース)
- スイス様式を代表する、飾り無し(サンセリフ)の書体の名前。どちらも1957年生まれ。Helveticaは“スイスの”という意味のラテン語にちなむ。
- プロパガンダpropaganda
- 人々の感情をあおり、特定の方向(戦争など)へ動かすための宣伝。スイス様式はこれへの反発から生まれた。
- 機能主義functionalism
- 飾りよりも“役割が果たせるか”を優先する考え方。バウハウスや構成主義が広め、スイス様式で頂点に達した。
- バウハウスBauhaus
- 1919年ドイツに開かれた、機能を最優先する造形学校。近代デザインの土台を作った。
- 構成主義Constructivism
- 1920年代ロシアで生まれた、幾何学的で機能本位の芸術・デザイン運動。
- システムフォントsystem font
- スマホやPCに最初から入っている、素直で無表情なサンセリフ系の書体。読み込みが要らず、どの端末でもほぼ同じ顔で表示される。
- グリッドレイアウト(CSSグリッド)CSS Grid
- Webページを縦横の格子に区切って要素を置く仕組み。スイスの“升目に乗せる”を、そのままブラウザの機能にしたもの。
- コンポーネントcomponent
- Web制作で、ボタンやカードなどの部品を作り何度も使い回す設計単位。“再現できるデザイン”を技術にしたもの。
掟 RULES TO CITE
- レイアウトは数学的グリッドに従わせる。要素は必ず升目(モジュール)に乗せ、宙に浮かせない(典拠1)
- 書体はサンセリフ(Helvetica/Univers)を選び、原則1書体を最後まで貫く(典拠2・4)
- 左揃え・ラグ右を基本にする。中央揃えは避ける――左の軸が消え、目が戻れなくなるため(典拠2)
- 写真は加工せず、そのまま使う。装飾的なイラストや派手な効果を足さない(典拠3・5)
- 余白は“埋め残し”ではなく“働く要素”として、広く・意図して取る(典拠6)
- 迷ったら足さず引いて整える。要素を減らす方向で直す(機能主義=典拠5)
典拠 SOURCES
- Josef Müller-Brockmann『Grid Systems in Graphic Design』(1981) ― グリッド方法論の聖典
- Emil Ruder『Typographie』(1967) ― バーゼルの組版思想を体系化
- Armin Hofmann(バーゼル造形学校)/ Josef Müller-Brockmann(チューリッヒ派)、1950年代スイスで様式が結晶
- 書体:Helvetica(=Neue Haas Grotesk, Max Miedinger, 1957/1960に改称)/ Univers (Adrian Frutiger, 1957) ― ともに1957年
- 前史:Bauhaus(1919–1933)/ロシア構成主義(1920年代)が蒔いた機能主義の継承・頂点として
- 原研哉『デザインのデザイン』(2003) ― 空白の能動性(余白を“働く要素”とする思想の裏付け)