様式編 / 1章 近代の源流
近代の源流(アーツ&クラフツ→アール・ヌーヴォー→ヴェルクブント)
機械が安く粗悪な品を溢れさせた産業革命への反発が、近代デザインの源流。モリスの「機械を憎む」手仕事から、ヴェルクブントの「機械と組む」規格化へ。この振れが次章のモダニズムを準備した。
ねらい
デザインの歴史は、ここから始まる。といっても「最初のデザイナー」が現れた、という話ではない。ある事件が起きて、それに腹を立てた人たちが「これからは作り方を考え直そう」と言い出した――その瞬間が源流だ。
事件の名前は産業革命。機械が動き出し、ものが大量に、安く作れるようになった。便利になった。でも同時に、安っぽくて醜い品が世の中に溢れた。「これはまずい」と感じた人たちの反発から、近代デザインは生まれる。
このクエストでは、その反発が三段階で形を変えていく様子を追う。①機械を憎んだ人(モリス)、②機械の時代に新しい飾りを探した人たち(アール・ヌーヴォー)、そして③機械と手を組もうとした人たち(ヴェルクブント)。「憎む」から「組む」へ。この振れこそ、次の章で学ぶモダニズムへの助走になる。
何への反作用だったか ―― 機械が安物を溢れさせた
「新しい様式は、いつも前の時代への反発として生まれる」。これは様式編をつらぬく見方だった。では近代デザインは、何への反発だったのか。答えは産業革命だ。
18世紀の終わりから19世紀、イギリスを皮切りに機械が一気に広まった。それまで職人が一つひとつ手で作っていた家具・布・食器・本が、工場で大量に作れるようになる。値段は下がった。誰でも買えるようになった。ここまではいい話だ。
問題はその質だった。早く・安く作ることばかりが優先され、形は崩れ、装飾はただゴテゴテと飾り立てただけの、意味のないものになった。ふしぎなことに、機械の品なのに飾りは減るどころか過剰になった――早く安く作れるぶん、安っぽさをごまかすように飾りを盛ったのだ。作る職人も、機械の歯車のように同じ作業をくり返すだけ。仕事の喜びは消えた。「安くて醜い品」と「つまらない労働」――これが、最初の反発が向かった相手だ。
① アーツ・アンド・クラフツ ―― 機械を憎み、手仕事へ戻る
最初の反発の中心人物が、イギリスのウィリアム・モリスだ。1860年代から、彼は仲間と運動を起こす。これがアーツ・アンド・クラフツ運動(「芸術と手仕事」の運動)。
モリスの主張は、まっすぐで強い。「機械が質を殺した。だから手仕事に戻ろう」。彼にとってデザインとは、ただ表面を飾ることではなかった。生活で本当に使うものを、良い職人が誇りを持って手で作ること。そして、生活と芸術を一致させること――暮らしの道具こそ美しくあるべきだ、と考えた。壁紙、布地、家具、本。モリスは自ら工房を作り、手で、丁寧に、美しい日用品を作っていった。
モリスの思想を一言で表すなら、彼自身の有名な言葉が効く。
役に立つと分からないもの、美しいと思えないものを、家に置いてはならない。
ここで、正直に矛盾を一つ言っておく。モリスは「みんなの暮らしを美しく」と願った。でも、手仕事は時間がかかる。だから製品は高くなった。結果、彼の美しい日用品を買えたのは、結局お金持ちだけだった。「庶民のために」と始めた運動が、庶民には手が届かない――この矛盾を、モリス自身も苦しんだ。
この失敗は、ただの失敗ではない。**「美しさと、安く広く行きわたることを、どう両立させるか」**という、デザインの根っこの問題をここで露わにした。この問いに、次の世代が別の答えを出していくことになる。
② アール・ヌーヴォー ―― 植物のような曲線で、新しい時代を飾る
イギリスのモリスの運動は、海を越えてヨーロッパ全体に広がった。1890年代、各国でほぼ同時に新しい流れが生まれる。それがアール・ヌーヴォー。フランス語で「新しい芸術」という意味だ。
アール・ヌーヴォーも、出発点はアーツ・アンド・クラフツと同じ。「古い時代の様式をそのまま真似るのはもうやめよう。新しい時代には、新しい飾りを」。ただし、向かった先が違った。モリスが「手仕事に戻る」と過去を向いたのに対し、アール・ヌーヴォーは新しい装飾の形そのものを探した。
そのお手本になったのが自然、とくに植物だった。つる草、花、葉、女性の長い髪――そういう、しなやかに曲がる線で画面を埋める。直線や左右対称を嫌い、生きもののように流れる曲線を使う。これがアール・ヌーヴォーの一番の特徴だ。
代表的な作り手を二人。一人はアルフォンス・ミュシャ。チェコ出身の画家で、パリで描いた女優サラ・ベルナールのポスターが大評判になった。花や髪の曲線に縁どられた美しい女性――今でも「ミュシャ風」として知られる、あの様式だ。もう一人は建築家のヴィクトール・オルタ。ベルギーで、鉄とガラスの曲線をいかした住宅(タッセル邸、1892〜93年。最初期のアール・ヌーヴォー住宅の一つとされる)を建て、建物そのものを植物のように仕立てた。
ただし注意。アール・ヌーヴォーは美しいが、これも手の込んだ装飾だ。つまり「機械の安物への反発」という出発点は同じでも、産業革命が突きつけた**「安く広く」という宿題には、まだ答えていない**。むしろ凝った飾りを足す方向に進んだ。この豪華な装飾への「飾りすぎだ」という反発が、次の③、そして次章のモダニズムを準備する。源流の流れは、まだ折り返さない。
③ ドイツ工作連盟 ―― 機械を憎まず、機械と組む
ここで源流の流れは、大きく折り返す。舞台はドイツ。1907年、ドイツ工作連盟(ドイツ語でドイチャー・ヴェルクブント、「ドイツの仕事の同盟」という意味)が結成された。芸術家・建築家・職人、そして企業家までが集まった団体だ。
彼らが立てた問いは新しかった。モリスは「機械は敵だ」と言った。でもヴェルクブントは考える。「もう機械の時代は止められない。なら、機械を敵にするのをやめて、機械でも美しいものを作れないか?」。憎むのではなく、組む。これが大転換だった。
ただし、連盟の中でも意見はまっぷたつに割れた。連盟は1907年に結成されたが、その規格化をめぐる大論争――歴史に残るヴェルクブント論争が正面からぶつかったのは、少しあとの1914年、ケルンの総会でのことだ。論争の構図はこうだ。一方の中心が建築家のヘルマン・ムテジウス。彼は「これからは規格化だ」と、機械での量産の側に立った。規格化とは、形や寸法を決まった型にそろえて、機械で大量に同じものを作れるようにすること。それに「いや、職人の手仕事こそ命だ。一人ひとりの自由を縛るな」と反対したのが、同じく建築家のアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデたちだった。つまり「一点ものの美」か「みんなに行きわたる量産の美」か――モリスが残した宿題が、ここで正面からぶつかった。
そしてこの連盟から、デザインの歴史を変える人物が出る。建築家・デザイナーのペーター・ベーレンスだ。彼は1907年、ドイツの巨大電機メーカーAEGに迎えられた。そこでベーレンスがやったことが、画期的だった。会社のロゴ、工場の建物、売る製品(電気ケトルや扇風機)、ポスターやカタログ――会社にかかわる見た目すべてを、一つの統一した思想でデザインしたのだ。
これが、世界で初めての企業アイデンティティ(英語 Corporate Identity の頭文字でCIとも呼ぶ)だとされる。CIとは、会社の見た目と印象を全体で一つに統一する考え方。今でいう「ブランドデザイン」の元祖だ。バラバラだった会社の顔を、一人のデザイナーが一本の筋でそろえた。この「全体を一つの規格でそろえる」という発想は、まさにヴェルクブントの規格化の思想そのものだった。
ベーレンスの仕事には、もう一つ大きな意味がある。彼の事務所には、若い建築家が修業に来ていた。その中に、のちにモダニズムを率いるヴァルター・グロピウス(バウハウスの創設者)、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエがいた。つまりベーレンスのもとから、20世紀のデザインを作る巨人たちが巣立っていく。ヴェルクブントは、次章で学ぶバウハウス(1919年にできる、機能を最優先する造形学校)の土台を、人の面でも思想の面でも用意したのだ。
源流から、モダニズムへ ―― 「憎む」から「組む」への振れ
ここまでを一本の線でつなぐ。産業革命が安物を溢れさせた。それに対して――
①モリス(アーツ・アンド・クラフツ)は「機械を憎んで、手仕事に戻れ」と言った。美しかったが、高くつき、みんなには届かなかった。 ②アール・ヌーヴォーは「新しい飾りを探そう」と植物の曲線へ向かった。美しかったが、やはり手の込んだ装飾で、「安く広く」には答えなかった。 ③ヴェルクブントは、ついに発想を逆転させた。「機械を憎むのをやめ、組もう」。規格化で、美しさをみんなに行きわたらせる道を選んだ。
「機械を憎むモリス」から「機械と組むヴェルクブント」へ。この大きな振れが、次の時代の合図になる。飾りを更新するのではなく、飾りそのものをはがし、機械の時代にふさわしい形を作る――それが次章のモダニズム(過去の飾りを否定し、機械の時代にふさわしい新しい形を目指した20世紀初頭の動き)だ。源流の流れは、ここでモダニズムの入り口に着く。
見分け方
街や美術の本で、この三つを見分ける目を持とう。たいてい、こう見える。
- アーツ・アンド・クラフツ … 手作り感のある家具・壁紙・本。自然をかたどった、落ち着いた装飾。「丁寧に手で作った」温かみがある。
- アール・ヌーヴォー … 植物のような、流れる曲線。つる草・花・長い髪。鉄やガラスを使った曲線の建物、華やかな女性のポスター。
- ドイツ工作連盟 … ぐっと現代的。飾りが減り、形がすっきりする。会社のロゴから製品まで、見た目が一つの筋でそろっている。
これらはバラバラの三つではなく、「産業革命が壊したものを、どう取り戻すか」という一つの問いへの、三つの答えだ。答え方は違っても、問いは同じ。その問いが分かれば、三つの順番も、次章への流れも、自然に思い出せる。
譜例
棚(design-gallery)で源流の実例を見て、本文の特徴がどう現れているか確かめよう。
見るときは、「見分け方」の三つ――アーツ・アンド・クラフツ(手作りの温かい装飾)/アール・ヌーヴォー(流れる曲線)/ヴェルクブント(飾りが減り、統一されている)――が、実例で何個ずつ当てはまるか数えてみるとよい。
練習・チェック
- アーツ・アンド・クラフツ運動が抱えた矛盾を、一文で言えるか。(ヒント:「みんなのために」と願ったのに、なぜ庶民に届かなかった?)
- モリスは機械にどういう態度を取り、ヴェルクブントはどう変えたか。「憎む」「組む」の二語を使って説明してみよう。
- ヴェルクブント論争で、ムテジウスとヴァン・デ・ヴェルデは、それぞれどちらの側に立ったか。「規格化」「手仕事」の二語で答えてみよう。
- ベーレンスがAEGでやった「世界初の企業アイデンティティ(CI)」とは何か。今あなたが知っている会社(好きなブランドでよい)の「ロゴ・商品・広告・店」が一つの筋でそろっているか、思い浮かべてみよう。それがベーレンスの始めたことだ。
用語 GLOSSARY
- 産業革命さんぎょうかくめい
- 18世紀後半からイギリスで始まった、機械による大量生産への大転換。安く大量に作れる代わりに、質の悪い品が溢れた。
- アーツ・アンド・クラフツ運動Arts and Crafts
- 1860年代イギリスで始まった、機械の安物に反発し手仕事の美を取り戻そうとした運動。中心はウィリアム・モリス。
- ウィリアム・モリスWilliam Morris
- アーツ・アンド・クラフツ運動の中心人物。壁紙や布、本を自ら手で作り、生活と芸術の一致を唱えたイギリスのデザイナー。
- 手仕事てしごと
- 機械でなく、人が手で一つひとつ作ること。時間はかかるが質が高く、職人の誇りが宿る、とモリスは考えた。
- アール・ヌーヴォーArt Nouveau
- フランス語で「新しい芸術」。1890年代ヨーロッパで広まった、植物のような流れる曲線で飾る様式。
- アルフォンス・ミュシャAlphonse Mucha
- アール・ヌーヴォーの代表的な画家。花や髪の曲線に縁どられた美しい女性のポスターで知られるチェコ出身の人。
- ヴィクトール・オルタVictor Horta
- アール・ヌーヴォーの建築家。鉄とガラスの曲線をいかし、建物そのものを植物のように仕立てたベルギーの人。
- ドイツ工作連盟(ヴェルクブント)Deutscher Werkbund
- 1907年ドイツで結成。芸術家・職人・企業家が集い、「機械を憎まず組んで美を作る」道を探した団体。
- 規格化Typisierung
- 形や寸法を決まった型にそろえ、機械で同じものを大量に作れるようにすること。ヴェルクブントの量産派が唱えた。
- ヴェルクブント論争Typisierungsstreit
- 連盟の中で起きた「手仕事を守るか、規格化して量産するか」という大論争。1914年ケルンの総会で表面化した。
- ヘルマン・ムテジウスHermann Muthesius
- ドイツ工作連盟で「規格化(型をそろえて量産)」を唱えた建築家。ヴェルクブント論争の、量産する側の中心人物。
- アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデHenry van de Velde
- ムテジウスに反対し「職人の自由・手仕事こそ大事」と主張した建築家。ヴェルクブント論争の、手仕事を守る側の中心人物。
- ペーター・ベーレンスPeter Behrens
- ヴェルクブントの建築家・デザイナー。電機メーカーAEGで会社の見た目すべてを統一し、世界初の企業アイデンティティを作ったとされる。
- 企業アイデンティティ(CI)corporate identity
- 会社のロゴ・製品・広告・建物など、見た目と印象を全体で一つに統一する考え方。今でいうブランドデザインの元祖。英語 Corporate Identity の頭文字でCIともいう。
- AEGアーエーゲー
- ベーレンスが顧問を務めたドイツの巨大電機メーカー。ここで世界初の企業デザイン統一が実践された。
- ヴァルター・グロピウスWalter Gropius
- ベーレンスのもとで学び、のちに造形学校バウハウスを創設した建築家。源流と次章モダニズムをつなぐ人物。
- ミース・ファン・デル・ローエMies van der Rohe
- ベーレンスのもとで学んだ建築家。のちにモダニズムを率いた巨匠の一人。
- ル・コルビュジエLe Corbusier
- 同じくベーレンス門下から出た建築家。20世紀デザインを作った巨匠の一人。
- バウハウスBauhaus
- 1919年ドイツに開かれた、機能を最優先する造形学校。近代デザインの土台を作った。次章で詳しく学ぶ。
- モダニズムmodernism
- 20世紀初頭、過去の飾りを否定し、機械の時代にふさわしい新しい形を目指した動き。このクエストはその助走にあたる。
掟 RULES TO CITE
- 飾りを足したくなったら「これは何のためか」を問う。役に立たない飾り、ただ華やかにするだけの飾りは消す(A&Cとヴェルクブントの教訓=典拠1・3)
- 「美しいか」と「安く広く届くか」を毎回両方そろえて確認する。片方だけなら、まだ設計は半分(モリスの矛盾=典拠1)
- 会社やブランドの見た目を作るときは、ロゴ・商品・広告・店をバラバラにせず、一つの思想で全部そろえる(企業アイデンティティ=典拠4)
- 量産する(同じものを何度も作る・並べる)なら、形や寸法を決まった型にそろえる=規格化を先に決める(ヴェルクブント論争・規格化派=典拠3)
- 着手前に〈手仕事の一点もの〉か〈機械の量産〉かを先に確定し、それに合わせて飾りの量・グリッド・書体を決める(決めずに作り始めない=典拠2・3)
典拠 SOURCES
- ウィリアム・モリス(William Morris)/アーツ・アンド・クラフツ運動 ― 1860年代〜イギリス。商会 Morris, Marshall, Faulkner & Co. 設立は1861年。「役に立つと分からないもの、美しいと思えないものを家に置くな」は講演 The Beauty of Life(1880, バーミンガムでの講演。講演集 Hopes and Fears for Art 1882 に収録)由来
- アール・ヌーヴォー ― 1890年代〜ヨーロッパ各地。アルフォンス・ミュシャ(Alphonse Mucha)のサラ・ベルナール『ジスモンダ』ポスターは1894〜95年。ヴィクトール・オルタ(Victor Horta)のタッセル邸(ブリュッセル)は1892〜93年で、最初期のアール・ヌーヴォー住宅の一つとされる
- ドイツ工作連盟(Deutscher Werkbund)― 1907年ミュンヘンで結成。ヘルマン・ムテジウス(Hermann Muthesius)が規格化(Typisierung)を主張し、アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ(Henry van de Velde)らと対立した「ヴェルクブント論争」は1914年ケルンの総会で表面化した
- ペーター・ベーレンス(Peter Behrens)― 1907年にAEGの芸術顧問に就任。ロゴ・建築(AEGタービン工場 1909)・製品・広告を統一し、世界初の企業アイデンティティ(CI)とされる(広く流布した評価)
- ベーレンス事務所の出身者 ― ヴァルター・グロピウス(後のバウハウス創設, 1919)、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエが在籍。モダニズムの巨匠たちの修業の場となった
- 背景:産業革命(18世紀後半〜19世紀イギリス)による機械の大量生産。その安価で粗悪な品への反発が、近代デザイン全体の出発点