様式編 / 2章 モダニズムの革命
モダニズムの革命(未来派/ダダ/デ・ステイル/構成主義/バウハウス)
装飾と過去への反発から生まれた5つの運動(未来派・ダダ・デ・ステイル・構成主義・バウハウス)。幾何・非対称・機能という新しい言葉が、スイス様式の土台を作るまでの系譜。
ねらい
前の章(アールヌーボー)までのデザインは、花や草の曲線で「飾る」ものだった。この章で学ぶのは、その正反対 ―― 「飾りを全部はがす」という革命だ。20世紀の初め、若い芸術家たちが「過去のやり方はもう全部ウソだ」と一斉に叫び始める。その怒りから、未来派・ダダ・デ・ステイル・構成主義・バウハウスという5つの運動が次々と生まれた。
このバラバラに見える5つが、実は一本の線でつながっていて、その先端が前章で見たスイス様式になる。本章のゴールは、その「怒り→新しい言葉→スイスへの合流」という流れを、丸暗記でなく理由ごとつかむことだ。
なぜ、いきなり「飾りを全部はがせ」になったのか
きっかけは、機械と戦争という、それまで誰も経験しなかった巨大な出来事だ。
19世紀の終わり、世界に機械があふれた。汽車、自動車、工場、電気。人々の暮らしが、たった一世代で別物になった。なのに芸術は、相変わらず昔ながらの花や天使の絵を描いていた。若い世代はこう感じた ――「中身は機械の時代なのに、見た目だけ大昔のフリをしているのは、ウソくさい」。
そこへ第一次世界大戦(1914〜1918)が起きる。これまでの文明が、最新の機械(機関銃や毒ガス)で人間を大量に殺した。「昔ながらの美しい文化」を信じていた人ほど、深く裏切られた。過去の価値観そのものへの不信が、ヨーロッパ中に広がる。
この「機械への興奮」と「過去への不信」が燃料になって、5つの運動が爆発した。だから5つはケンカもしながら、同じ一つの敵を見ていた ――「古くさい飾り」と「過去の権威」だ。
未来派 ―― 文字を「叫ばせた」
最初の号砲は、イタリアの詩人マリネッティが1909年に発表した「未来派宣言」だ(パリの新聞ル・フィガロの一面に載ったのは2月20日)。彼は「博物館は墓場だ」「疾走する車は古代の彫刻より美しい」と書いた。スピード・機械・若さを賛美し、過去を全部燃やせと叫んだ。(のちに戦争賛美やファシズムへ近づいた点は危うく、そこは切り分けて、表現上の発明だけを受け取る。)
デザインの面で重要なのは、彼らが文字を「行儀よく並べる」のをやめたことだ。それまで文字は、左から右へ、同じ大きさで、おとなしく一列に並ぶものだった。未来派は文字をバラバラの大きさにし、斜めにし、ページの上で爆発させた。これを「自由になった言葉」(イタリア語でパロール・イン・リベルタ)と呼ぶ。爆発の音や速さを、文字の見た目そのもので表そうとしたのだ(この呼び名は、宣言の少しあと、1913年頃に固まった)。
ここで初めて、「文字は静かに並ぶもの」という常識が壊れた。これがのちのデザインへの最大の置き土産になる。
ダダ ―― 「意味」を笑い飛ばした
1916年、ヒューゴ・バルが中立国スイスのチューリッヒに開いた酒場「キャバレー・ヴォルテール」。そこを拠点に、ツァラら戦争に嫌気がさした芸術家たちがダダという運動を始めた。注意したいのは、ダダは「運動の名前」で、キャバレー・ヴォルテールは「その活動が生まれた酒場(会場)の名前」だということ。別物だ。「ダダ」という名前自体に意味はない。辞書を適当に開いて見つけた音、という伝説があるくらいだ。
彼らの主張は「まじめな意味なんて、戦争を起こした大人たちの作り話だ」。だからわざと、意味の通らない詩を朗読し、新聞を切り刻んでバラバラに貼り直し(これを写真の切り貼り=フォトモンタージュと呼ぶ)、デタラメに見える作品を作った。
一見するとただのふざけだが、デザイン史では大事件だった。なぜなら、「整っていなくてもいい」「左右対称でなくてもいい」「偶然に任せてもいい」という、それまでの禁じ手を全部やったからだ。きれいに揃える呪縛から、デザインを物理的に解放した運動と言える。
デ・ステイル ―― 世界を「線と原色」まで削った
未来派とダダが「壊す」側だとすれば、ここからは「新しく建て直す」側だ。
1917年、オランダの画家モンドリアンとファン・ドゥースブルフらが、雑誌『デ・ステイル』(=オランダ語で「様式」)を中心に運動を起こす。彼らの考えはこうだ ――「世界の本質を取り出すには、いらないものを全部削るしかない。残すのは、水平・垂直の直線と、赤・青・黄の三原色+白黒だけでいい」。
つまり、目に見えるものを最後まで削り続けたら、最後に残るのは「タテ・ヨコの線」と「混じりけのない色」だ、という主張だ。この考えを新造形主義(ネオプラスティシズム)と呼び、とくにモンドリアンが突き詰めた。モンドリアンの、白地に黒い格子と赤青黄の四角を置いたあの絵が、まさにこれだ。(のちに仲間のドゥースブルフが「斜め」を持ち込み、「直線だけ」を守るモンドリアンと決裂する。それくらい、彼にとって直線は譲れない思想だった。)
ここで生まれた発見が決定的だ ―― 「斜めや曲線を使わず、タテ・ヨコだけでも、強くて美しい構成は作れる」。後のグリッド(升目に沿って組む考え方)の、いちばん根っこの思想になる。
構成主義 ―― デザインを「社会の道具」にした
ほぼ同じ頃、ロシア(のちのソ連)で起きたのが構成主義だ。1917年のロシア革命の直後、芸術家たちは熱に浮かされていた ――「新しい社会には、新しい芸術がいる。芸術は、お金持ちの部屋を飾る贅沢品ではなく、みんなのために働く道具であるべきだ」。
中心人物のリシツキーやロトチェンコは、絵を描くより、ポスターや本のページを「組み立てる(コンストラクト)」ことに向かった。「構成主義」の名はここから来る。彼らの紙面の特徴は3つ。
- 斜めの軸 ―― ここで言う軸とは、文字や写真を揃えるための見えない一本の線のこと。みんなが同じ線に沿って並べば、左右対称でなくても画面はそろって見える。構成主義は、その軸をあえて斜めに引いて、勢いを出した。
- 赤と黒 ―― 革命の色(赤)と黒の、差の強い組み合わせ(コントラスト)。差が大きいほど強く目立ち、はっきり伝わる。
- 太いサンセリフ+写真 ―― 飾り文字をやめ、骨太な無装飾の文字と、報道写真を組み合わせる。
ここで生まれたのが「非対称なのに、ちゃんと秩序がある」という新しい紙面だ。左右対称という安全策を捨てても、軸と力のバランスで画面は成立する ―― この発見が、のちのレイアウトを根本から変えた。
バウハウス ―― バラバラの発見を「教育」にまとめた
ここまでの運動は、それぞれが断片的な発見だった。それを一つの学校で体系にまとめ、世界に広めたのが、ドイツの美術学校バウハウスだ。
1919年、建築家グロピウスがドイツのワイマールに設立した(1925年にデッサウへ移転)。バウハウスの偉さは、新しいスタイルを発明したことではなく、「これからのデザインの考え方」を整理して、誰でも学べる形にしたことにある。その核が一つのスローガンに集約される。
「形は機能に従う」 ―― 飾りのためでなく、役に立つために形を決める。
この言葉自体は、もともと建築家ルイス・サリヴァンが1896年に残したものだ。バウハウスがそれを教育の旗印として掲げ直した(発明ではなく継承、というわけだ)。たとえば取っ手は、握りやすいから今の形をしている。それが正しい、という考え方だ。教師のモホイ=ナジは写真とタイポグラフィを、バイヤーは飾りを削ぎ落とした幾何学的な書体(大文字をやめ小文字一本にした「ユニバーサル」。ただし完成した活字ではなく提案段階のアルファベットだった)を生んだ。デ・ステイルや構成主義の発見が、ここで「教育」として混ぜ合わされ、機能主義(役に立つことを最優先にする立場)という一本の柱になった。
1933年、ナチスによって閉鎖されると、教師や生徒は世界中に散った。その亡命が、皮肉にもバウハウスの思想を世界に広げる結果になる。
なぜこれがスイス様式につながるのか
この章のゴールはここだ。5つの運動が遺した「新しい言葉」を並べると、前章のスイス様式の特徴と、ぴたりと重なる。
- 未来派とダダ → 文字は表現の道具/整列の常識は絶対ではない
- デ・ステイル → タテ・ヨコの直線と少ない色で構成する=グリッドの種
- 構成主義 → 非対称・サンセリフ・写真で、秩序ある紙面を作る
- バウハウス → これらを機能主義として体系化し、教育で世界へ
第二次大戦後、バウハウスを追われた人や、その思想を学んだ人たちが、中立国スイスに集まった。そこで「作家の感情を消し、誰が作っても正確に伝わるシステム」という形に純化したのが、スイス様式(→第3章)だ。
言いかえると、この章は**スイス様式の「部品工場」**だ。グリッドも、サンセリフも、非対称も、客観性も、全部ここで作られた。だから現代のWebデザインで当たり前に使うこれらの道具の出どころを、私たちはこの章でちゃんと知っておく必要がある。
見分け方
20世紀初頭のモダニズム作品は、次の5点で見分けられる。曲線でなくタテ・ヨコ・斜めの直線/花や天使でなく丸・三角・四角の幾何学/左右対称でない非対称/飾り文字でなく無装飾のサンセリフ/赤・黒・白のはっきりした配色。 前章までの「優美な曲線」とは正反対だ。これらが揃っていたら、それは「飾りをはがした世代」の血を引いている。
練習・チェック
- 手元のWebサイトを一つ選び、この章の5運動が遺した「言葉」――非対称/サンセリフ/グリッド(升目)/原色/文字の自由――のうち、どれが使われているかを挙げよ。一つも当てはまらない場合、それは何様式の血を引いていそうか。
- ある紙面が「左右対称ではないのに、なぜか整って見える」とき、その秘密はどこにあるか。本章の言葉で一言で説明せよ。(ヒント:見えない一本の線)
用語 GLOSSARY
- モダニズム
- 20世紀初頭、過去の様式や飾りを否定し、機械の時代にふさわしい新しい表現を目指した一連の動き。
- 未来派みらいは
- スピードや機械を賛美し、過去を全否定したイタリア発の運動。文字を自由に配置する表現を生んだ。
- パロール・イン・リベルタparole in libertà
- 未来派が始めた、文字の大きさや向きをバラバラにして紙面で爆発させる表現方法。マリネッティが1913年頃に定式化。
- ダダ
- 1916年チューリッヒ発。まじめな意味を笑い飛ばし、偶然や切り貼りで作品を作った反芸術運動。
- フォトモンタージュ
- 写真や印刷物を切り取って別々に貼り合わせ、一枚の新しい画面を作る手法。
- デ・ステイルDe Stijl
- 1917年オランダ発。世界を水平・垂直の直線と三原色まで削って構成しようとした運動。雑誌名でもある。
- 新造形主義Neoplasticism
- いらないものを全部削り、タテ・ヨコの線と赤・青・黄+白黒だけで構成するデ・ステイルの思想。とくにモンドリアンが定式化した。
- 三原色
- ここでは赤・青・黄のこと。混ぜて他の色を作る元になる、混じりけのない基本の色。
- 構成主義
- ロシア革命後のソ連で起きた、芸術を社会に役立つ道具として「組み立てる」運動。斜めの軸と赤黒が特徴。
- コントラスト
- 明るさや色の差のこと。赤と黒のように差が大きいほど、強く目立ち、はっきり伝わる。
- 軸じく
- 文字や写真を揃えるための見えない一本の基準の線。これに沿わせると、左右対称でなくても画面はそろって見える。
- 非対称ひたいしょう
- 左右が同じ形に揃っていないこと。揃えなくても軸と力のバランスで秩序を作れる、という発見が重要。
- バウハウス
- 1919年ドイツ設立の美術学校。各運動の発見を整理し、機能主義として体系化・教育して世界に広めた。
- 機能主義
- 飾りのためでなく、役に立つことを最優先して形を決める考え方。「形は機能に従う」が標語。
- サンセリフ
- 文字の線の端にある小さな飾り(セリフ)がない書体。装飾を削った、すっきりした見た目。
- グリッド
- ページをタテ・ヨコの升目に分け、その線に沿って要素を並べる仕組み。整った紙面を作る土台。
掟 RULES TO CITE
- 飾りを足したくなったら、まず「これは役に立つか」を問う。役に立たない飾りは消す
- 構成はタテ・ヨコの直線を基本にし、升目(グリッド)の上に要素を乗せて組む
- 色は欲張らず、赤・青・黄の原色や、赤・黒・白のように少数に絞ってはっきり使う
- 左右対称に逃げない。非対称でも、軸と力のバランスを取って秩序を作る
- 見出しの文字は、サイズ・向き・位置そのものを表現の道具として使ってよい
- 本文書体は飾りのないサンセリフを基本にする。装飾的な書体で文章を組まない
典拠 SOURCES
- Filippo Tommaso Marinetti『未来派宣言(Manifesto del Futurismo)』(1909, パリの一面に載ったのは2月20日のLe Figaro紙) ― 未来派の出発点。文字を自由に置く「パロール・イン・リベルタ(parole in libertà)」はマリネッティが1913年頃に定式化
- ダダ:1916年、チューリッヒの酒場「キャバレー・ヴォルテール」を拠点に発足。創始者ヒューゴ・バル(と伴侶エミー・ヘニングス)、参加者トリスタン・ツァラら
- デ・ステイル:1917年オランダで発足。雑誌『De Stijl』、テオ・ファン・ドゥースブルフ/ピート・モンドリアン。新造形主義(Neoplasticism)はとくにモンドリアンが定式化
- 構成主義:1917年ロシア革命後のソ連で展開。エル・リシツキー、アレクサンドル・ロトチェンコら
- バウハウス:1919年、ヴァルター・グロピウスがワイマールに設立(1925年デッサウ移転/1933年ナチスにより閉鎖)。モホイ=ナジ、ヘルベルト・バイヤー(小文字一本の幾何学アルファベット「ユニバーサル」, 1925、提案段階)
- 「形は機能に従う(Form follows function)」― ルイス・サリヴァン(1896)に由来し、バウハウスが教育の旗印として標語化した