色彩編 / 4章 トーンと感情
トーンと感情
同じ色相でも、明度と彩度の組み合わせ=トーンで印象は一変する。暖色は前に・寒色は奥に見える進出/後退も押さえる。色の意味は文化と文脈で動くから、固定の意味表ではなく「文脈で選ぶ」姿勢を、PCCSのトーンの考え方とともに身につける。
ねらい
前のクエストで、どんな色も三つの物差し――色相(赤・青などの色味)・明度(明るさ)・彩度(鮮やかさ)――で言い表せると学んだ。
このクエストのねらいは、その先だ。同じ「赤」でも、明るさと鮮やかさの組み合わせを変えるだけで、印象がまるで別物になる。淡くて澄んだピンク、濃くて沈んだワインレッド、鈍くて渋いレンガ色――全部「赤」なのに、伝わる気持ちは正反対だ。この「明度と彩度の組み合わせ」をトーン(色の調子)と呼ぶ。
もう一つ。暖かい色は手前に、冷たい色は奥に見える。そして、色がもつ「意味」は国や場面でひっくり返る。赤は危険の色でもあり、お祝いの色でもある。だから固定の「色の意味表」を暗記するのではなく、文脈で選ぶ姿勢を身につける。これがこのクエストの背骨だ。
トーンとは「明度と彩度をひとまとめにした調子」
三属性は便利だが、制作中に「明度は中くらいで彩度は低め」と毎回ばらして考えるのは面倒だ。そこで先人は、よく使う明度と彩度の組み合わせに名前をつけてまとめた。これがトーンだ。
たとえば「明るくて鮮やかな調子」をビビッド、「明るくて淡い調子」をペール、「暗くて鈍い調子」をダーク、「中くらいの明るさで濁った調子」をグレイッシュと呼ぶ。色相が赤でも青でも、同じトーンなら印象の方向はそろう。ペールの赤(淡いピンク)とペールの青(淡い水色)は、色味は違っても「やわらかい・軽い」という雰囲気が共通する。
なぜこれが効くのか。色をそろえる作業が、色相をまたいで一気にできるからだ。「画面全体をやさしい雰囲気にしたい」と思ったら、使う色を全部ペールのトーンに寄せればいい。バラバラの色でも、トーンがそろえば不思議とまとまる。
このトーンの考え方を、日本で体系として整えたのがPCCS(Practical Color Co-ordinate System=日本色研配色体系。一般財団法人日本色彩研究所が確立、原案1964年)だ。頭文字を取って「ピーシーシーエス」と読む。色相を24に分け、明度と彩度の組み合わせを12のトーンに整理した。学校の美術や色彩検定でおなじみの「あの色の体系」がこれにあたる。覚えるべきは個々の名前より、「明度と彩度をまとめて一つの調子として扱える」という発想そのものだ。
淡く澄む/濃く沈む/鈍く渋い ―― トーンが運ぶ気持ち
トーンが変わると、なぜ気持ちまで変わるのか。理由は、私たちが日常で見ているものと結びついているからだ。難しい理屈ではなく、経験の記憶だ。
淡くて澄んだトーン(明るく彩度低め)は、空気や光、淡い花を思わせる。だから「軽い・やさしい・清潔」と感じる。濃くて沈んだトーン(暗く彩度を抑えた調子)は、夜・影・重い金属を思わせる。だから「重い・高級・真面目」と感じる。鈍くて渋いトーン(彩度を落とした中くらいの明るさ)は、土・古い木・枯れ草を思わせる。だから「落ち着く・自然・大人っぽい」と感じる。
この三つは、さきほど図2で出したトーン名で言い直せる。淡く澄む=ペール寄り、濃く沈む=ダーク寄り、鈍く渋い=グレイッシュ寄り、と思えばよい。第2節と第3節は同じ話を別の言葉で言っているだけだ。
ここが実用上いちばん大事なところだ。「この色相を使う」より先に「どのトーンにするか」を決めると、雰囲気がブレない。 元気なサイトを作りたいのに全部ダークトーンで塗ったら、色相を何にしようと暗くなる。先に調子を決める。色味はそのあと。
進出色と後退色 ―― 暖かい色は前に、冷たい色は奥に
色には、もう一つ不思議な性質がある。同じ位置・同じ大きさに置いても、暖かい色(赤・オレンジ・黄)は手前に飛び出して見え、冷たい色(青・青緑)は奥に引っ込んで見える。 前に出る色を進出色、後ろに退く色を後退色と呼ぶ。
なぜそうなるのか。完全には解明されていないが、有力な説の一つはこうだ。光は波長(光の色ごとに違う、波の細かさ。赤は長く、青は短い)によって、目のレンズでの曲がり方がわずかに違う。だから赤い光と青い光は、目のピントが合う位置がほんの少しズレる。この、色によってピントの位置がずれる現象を色収差(しきしゅうさ)と呼ぶ。脳はこのズレを「距離の差」として読み取る――だから赤は近く、青は遠くに感じる、というわけだ。遠くの山が青くかすんで見えるのも、これと地続きの現象だ。
これは飾りの知識ではない。画面づくりで直接効く。手前に見せたいボタンや見出しは暖色に、背景や引っ込めたい面は寒色にすると、平らな画面に奥行きが生まれる。 逆に、引っ込んでほしい背景を真っ赤にすると、背景が前に出てきて文字が読みにくくなる。
なお、進出/後退は色相だけで決まるのではなく、トーンとも絡む。明るく鮮やかな色ほど前に出やすく、暗く鈍い色ほど引っ込みやすい。だから「暖色=必ず前」と丸暗記せず、明るさ・鮮やかさも一緒に効くと覚えておくのが正確だ。
色の意味は固定ではない ―― 文化と文脈で変わる
ここがこのクエストの核心だ。「赤=危険」「青=信頼」のような色の意味表を覚えれば配色が決まる、と思いがちだ。だが、これは危うい。色の意味は、国や場面によってひっくり返るからだ。
赤を例にとる。日本では信号や警告の「危険」の色であると同時に、紅白・祝儀袋・赤飯の「お祝い」の色でもある。中国では赤は幸運と繁栄の色で、結婚式の主役だ。一方、西洋の花嫁の白は「純潔」だが、同じ白がアジアの一部では「喪」の色になる。同じ色が、土地が変われば正反対の意味になる。
なぜか。色の意味は、その土地の歴史・宗教・自然・言い伝えが長い時間をかけて染みつけたものだからだ。生まれつき決まった意味ではなく、後から文化が貼りつけたラベルなのだ。だから万国共通の「正しい意味」は存在しない。
だから「意味表の暗記」ではなく「文脈で選ぶ」
では、意味が固定でないなら、どうやって色を選ぶのか。答えは、意味表を引くのをやめて、その仕事が置かれる文脈を読むことだ。手順にすると3つになる。
- 誰に・どこで届くかを確かめる。日本の年配層か、海外の若者か。読む場所はスマホか、店頭のチラシか。届く相手が変われば、同じ色の受け取られ方も変わる。
- 何と並ぶかを見る。色は単独ではなく、隣の色・背景・写真と一緒に意味を持つ。赤も、白地に置けば祝い、黒地に置けば警告に寄る。
- 過去の例に当てる。その業界・その文化で、その色がどう使われてきたかを調べる(典拠主義のやり方そのものだ)。「銀行の青は信頼の蓄積」のように、理由のある前例を引く。
つまり、色の感情を扱うときも、このシリーズの基本「なんとなくを消し、典拠で裏づける」は変わらない。違うのは、典拠が物理法則ではなく文化の蓄積だという点だけだ。
まとめと見分け方
最後に、街やWebで色を見るときの「目」を持とう。次の順で読むと、感覚に流されずに色を扱える。
- まずトーンを見る。淡いか・濃いか・鈍いか。これが画面全体の雰囲気を決めている。
- 次に進出/後退を見る。何が前に出ているか。たいてい暖色か、明るく鮮やかな色が手前にいる。
- 最後に文脈を読む。この色がここで何の意味を担っているか。それは相手と並びで決まっている。
色相(色味)はいちばん目立つが、印象を運んでいるのは多くの場合トーンの方だ。「色を変えたいのに雰囲気が直らない」ときは、色相ではなくトーン(明度・彩度の組み合わせ)を疑う。これがこのクエストの一番の収穫だ。
譜例
棚(design-gallery)で実例を見て、本文の「トーン・進出/後退・文脈」がどう現れているか確かめよう。
見るときは、(1) 全体が淡い/濃い/鈍いのどれか、(2) 手前に出ている色は暖色か、(3) その差し色が場面の中で何の意味を担っているか、を順に言葉にしてみるとよい。
練習・チェック
- 好きなサイトやポスターを1つ選び、全体のトーンを「淡く澄む/濃く沈む/鈍く渋い」のどれかで一言で言ってみよう。色相ではなく調子で言えるか。
- その画面で「いちばん手前に飛び出して見える色」を1つ挙げ、それが暖色か・明るく鮮やかな色かを確かめよう。進出色の性質が使われているはずだ。
- 「赤」が正反対の意味になる場面を、本文以外で2つ思いつけるか。(ヒント:スポーツ・恋愛・交通…)そのうえで、もし自分が海外向けのサイトを作るなら、色の意味をどう確かめるか――手順を一言で。
用語 GLOSSARY
- トーンtone
- 明度(明るさ)と彩度(鮮やかさ)を一つにまとめた、色の「調子」。淡い・濃い・鈍いなどの雰囲気を決める。
- 色相しきそう
- 赤・黄・緑・青…という色味の種類。三属性の一つ。
- 明度めいど
- 色の明るい・暗いの度合い。白に近いほど高く、黒に近いほど低い。
- 彩度さいど
- 色味の鮮やかさの度合い。鮮やかなほど高く、灰色に近いほど低い。
- 三属性さんぞくせい
- どんな色も言い表せる三本の物差し=色相・明度・彩度。マンセルが体系化した。
- マンセルAlbert H. Munsell
- 色を三属性(色相・明度・彩度)で表す方法を作ったアメリカの画家・教育者(1905年)。トーンの土台を用意した人。
- ビビッド/ペール/ダーク/グレイッシュvivid / pale / dark / grayish
- トーンの呼び名の例。順に「明るく鮮やか」「明るく淡い(彩度低め)」「暗く鈍い」「中くらいの明るさで濁った調子」。なお暗くて鮮やかな調子はディープと呼ぶ。
- PCCSピーシーシーエス
- 日本色研配色体系(Practical Color Co-ordinate System)。日本でトーンの考え方を整理した色の体系(原案1964年)。色相を24、トーンを12に分けて配色を扱いやすくした。
- 暖色だんしょく
- 赤・オレンジ・黄など、火や太陽を思わせる温かく感じる色。手前に出て見えやすい。
- 寒色かんしょく
- 青・青緑など、水や氷を思わせる冷たく感じる色。奥に引っ込んで見えやすい。
- 進出色しんしゅつしょく
- 同じ位置でも手前に飛び出して見える色。暖色や、明るく鮮やかな色がこれにあたる。
- 後退色こうたいしょく
- 同じ位置でも奥に引っ込んで見える色。寒色や、暗く鈍い色がこれにあたる。
- 波長はちょう
- 光の色を決める、波の細かさ。赤い光は波が長く、青い光は短い。色によってこの長さが違う。
- 色収差しきしゅうさ
- 光の色(波長)によってレンズでの曲がり方が少し違い、ピントの位置がずれる現象。進出/後退が起きる一因とされる。
- 文脈ぶんみゃく
- その色が置かれている状況一式。届く相手・場所・隣の色・時代など。色の意味はこれで決まる。
- 差し色さしいろ
- 全体の中で一点だけ効かせる目立つ色。地の色に対して主役を立てる役割を持つ。
掟 RULES TO CITE
- 色は色相より先にトーン(明るさ+鮮やかさの調子)を決める(→雰囲気がブレない・典拠1/2)
- 全体をそろえたいときは、使う色を同じトーンに寄せる(→色相がバラバラでもまとまる・典拠1)
- 手前に出すもの(ボタン・見出し)は暖色か明るく鮮やかな色、奥に引く背景は寒色か暗く鈍い色にする=進出色と後退色を使い分ける(典拠3/6)
- 「色を変えても雰囲気が直らない」ときは、色相ではなくトーン(明度・彩度の組み合わせ)を疑って動かす(典拠1/2)
- 色の意味は固定の表で暗記しない。①誰に・どこで届くか②何と並ぶか③その業界・文化の前例、の3点を読んで文脈で選ぶ(典拠4/5)
- 海外や別世代に向けるときは、自分の常識の「色の意味」をそのまま使わない。必ずその文化での前例を確かめてから決める(典拠4/5)
典拠 SOURCES
- 日本色彩研究所〈日本色研〉『PCCS(Practical Color Co-ordinate System=日本色研配色体系)』(原案1964/正式発表1966) ― 色相を24、明度と彩度の組み合わせを12のトーンに整理し、トーンの概念を体系化
- Albert H. Munsell『A Color Notation』(1905) ― 色を色相・明度・彩度の三属性で表す表色系。トーン(明度×彩度)の土台
- Johannes Itten『Kunst der Farbe(色彩論)』(1961) ― 暖色/寒色の対比や色の主観的効果を体系化(バウハウスの色彩教育の継承)。進出色・後退色(advancing / receding colours)=暖色が前進・寒色が後退して見える現象の代表的な記述。要因の一つに、波長による眼の色収差が挙げられる
- Eva Heller『Wie Farben wirken(邦題:色の秘密)』(1989) ― 約2000人の調査をもとに、色の意味・連想が文化と文脈で動くことを実証的に記述
- Faber Birren『Color Psychology and Color Therapy』(1950) ― 色の心理的効果と、その意味が普遍ではなく文化・連想に依存することを論じた古典